恨みつらみ

1.夕方

 その日もまたNはホープと夢中になってあそび、やがて日が落ちた。「そろそろ帰ろう」、Nは云った。ホープはまだ遊びたいようだった。「まだ……いやだ」、ねがうようにつぶやく。「また明日、会えるよ」N、云う。ホープ、ますます哀しい表情でにらむ。
 少し間をおいたのち、N、ふりかえり、「今日は終わり、明日、会う」と、云って、ホープと反対方向に歩き出す。背後からはホープの泣きじゃくる音、ひびく。

2.ホープの死。Nへの恨みつのる

 早朝。電話の呼び出し音にて起こされる。電話に出たすぐ、相手の発声を聞く。
「N君を出して下さい」
「Nです」
「朝早く、すみません、ホープの母ですが。N君?」
「はい」
「貴方《あなた》、ホープに何かしたのですか」
「いいえ」
「……」
「……」
「ホープは死にました」
「――なぜ」
「なぜって、貴方、貴方のせいでしょうが! なぜ昨日、一緒に帰らなかったんですかッ。そのせいで、そのせいでホープは死んだんです。そのせいで……!」
「ホープの母《はは》さん、落ちついてください。休んでください」
「落ちついてますッ。だいたい誰のせいだと――」
「――そうですか」
電話を切った。「どうしようもない人だった」。Nは見限るようにそう云った。

3.葬式に呼ばれて

 ホープは悪くない人だった。だからNは哀しかった。しかしそれでも、涙が流れるまでにはいたらなかった。
 葬式に呼ばれた。出席した。式場にきたとき、参列者の悪意や殺意の含んだ目を見た。Nは油断できない場所であることを知る。長い間正座した。始終、一人の男が(その男は葬式の場にもかかわらず迷彩服を着ていた)こちらをにらんでいることに違和感を感じながら――
   *
 あるとき、その迷彩服の男が立ち上がって、どこかへ去った。と、思っていたら割とすぐ戻ってきた。しかし、水の入ったバケツを持ち上げていた。――水びたしになった。バケツの中の水はNにかけられた。男は何かを叫んだ。
「アダマ、冷シタガ、バカモノガ!」
まわりの人々は憎しみの表情をした。だが、この男にではなく、Nに対してだった。Nは、身近な人間に対する失望のようなものをひしひしと感じながら、立ち上がった。長く正座したのちの立ち上がりだったが、よろめきはしなかった。さきほどの男はカラのバケツを手にさげたまま、さっききた方へ戻っていた。また水をくんでくるのかもしれない。その男の後を追った。はたして男はバケツに水をためていた。Nは男の手足を固定して、座らせた。バケツの水を男の頭からかけ流した。男はもがいた。そのうち手が自由になり、右手でNの腹にボディブローを打ち込んだ。が、Nはわずかな反応さえ見せなかった。すぐに男の腹へボディブローが打ち込まれる。激痛のため、身をよじる。男は苦しいと云うことを理解した。Nはここで初めてしゃべる。
「自分がされて嫌なことは、他人にするな」
   *
 もといた部屋へ戻ってきた。が、様子は一変している。喪服をまとった人々が、ゴルフクラブや猟銃をかまえていた。凍りついた雰囲気だった。
 Nは強く主張した。
「猟銃を持つ人! あなたが人に向けて発砲したとき、あなたは死と同じです。――クラブを持つ人! あなたが人を殴り殺すとき、あなたは死と同じです」
まわりの人々は憎悪の中に冷笑を含んだ。誰かが云った。「愚かモノを反省させろ」
 ゴルフクラブの風を切る音がした。その一瞬間前、肉を裂く音も。動きが一つ終わってみれば、ゴルフクラブを持つ連中は腹から血をにじみ出させながら、床で痛痛しく転がり続けた。Nはそれら連中からずいぶん離れた所に転がっていた。腹にも他にも傷は見当たらない。のみならず、手には一つずつ刃物がにぎられていた。
 猟銃はまだ発砲されていない。しかし今、その猟銃がこちらを向き、引き金に指がそえられている。銃口はあまりにも近かった。「撃ちます」、声がして、銃声が一度鳴った。発砲した男が気絶して倒れた。気づくと、銃口近くをつかんでいるNがいた。発砲の瞬間にねらいをずらし、同時に持っていた刃物で反撃していた。残り二人が銃口をこちらに向けたので、すばやくNは今手にしている猟銃で撃ちこんだ。弾は肩に当たり、相手は猟銃を落とした。相手からの弾丸が残った猟銃に当たった。Nはすでに横へと逃げていた。そして一瞬動きを止めたNから、両手にあった刃物が、相手二人がいる方向に飛び出した。どちらもまた肩に刺さっていた。だが、少し外れれば心臓にも当たっていた。
   *
 もう人は静かにしていた。Nは疲れきった身体をよろめかせて、ものうい式場を後にした。

2008/12/19


≪背景≫
背景写真補完の会 さん

≪制作≫
ワイヤー・パンサーの空想空間
http://faust.goemonburo.com/