第3章 「血」
◆ロビー
刃沼はロビーの近くを歩いていた。ツルツルに磨かれた床の上に、二人倒れている。タコヤマとツミキだった。頬《ほお》に殴られたアザがあり、失神している。
刃沼「見たことはある顔だな。誰だっけ」
さして関心のない刃沼は、放っておいて通り過ぎようとした。そこへ。
ヘレネー「ああ、こりゃア、レッドパスにやられたんだな」
刃沼「やぁ」
ヘレネー「おう。おはようさん」
刃沼「まだ……眠い」
ヘレネー「相変わらず、寝不足気味だな」
「で……、レッドパスがどうたらって」
「ああ。昨日のこと、気づかなかったか。結構どたばたやってたんだが」
「昨日は、大体寝ていた。一昨日も大体寝ていた。明日も大体寝ている」
「それが刃沼にとっての修学旅行なのか」
「この学校の修学旅行はいいね。予定を組まない、ずっと自由行動だから」
「修学旅行としては、おかしいけどな。おまけに日程まで曖昧にされてる」
「一週間ぐらいの旅行です、と説明されたきり。あとは良く覚えてない」
「まぁ、想像はつくよ。お前さん授業中も眠ってて聞いてないだろ」
「先生の話は子守唄だよ……。ふぁぁああ……」
大きくゆっくり欠伸《あくび》をした。
刃沼「あ、そうそう、レッドパスってあいつのことー。名前知らなかった。デガラシから教えてもらった」
「そのレッドパスがこの島に来てんだよ。オレと一緒の民宿に泊まってる」
「なんの用だろ?」
「この島が怪しいんだと」
「なるほど、なるほど……。で、昨日のどたばたは、その敵と戦ったーと?」
「いや、昨日は一部の生徒が暴れてな、レッドパスを襲いかかったんだ」
「日頃のストレスかな?」
「違うだろ。殺人事件 起きたの聞いてねえのか? あれをレッドパスの仕業だと、当てずっぽう」
「ふぅん、大体分かった。教えてくれてありがとう。私は大体寝ていて状況が分からないからねー。助かる」
また刃沼は欠伸《あくび》をした。
「刃沼、前より体力の消耗、激しくないか?」
「平気だよ。眠いだけで。そういう体質なんでしょー」
どことなくまだ寝ぼけている気配がある。
「そうか。んじゃまあ、あとでな。話し込んで悪いな」
「ほい」
その後、刃沼は売店に向かい、「眠気スッキリガムは〜〜」と云うような独り言をしながら、店内をふらついていた。
◆888号室
3階の奥にヘルの泊まる888号室がある。刃沼たちのいる909号室の一つ手前だ。今この888号室にはヘルしかいない。とも子は部屋に帰らなかった。崖下にいたとも子の遺体は片づけられていた。みんなはヘルに、とも子のことを何も云わなかった。
部屋のドアがノックされる。開錠すると、ツミキがいた。「いますぐに100号室に来なさい」と云い、ヘルの腕を掴《つか》み、引っ張って行った。「痛い。痛いよ。離して」、ヘルの言葉にツミキは耳を貸さない。
◆100号室
100号室へ連れて行かれたヘル。部屋にはタコヤマ、ツミキ、その他数人の生徒が、机を挟んで座っていた。それはまるで裁判所を思わせるような、人と机の配置だった。
タコヤマ「まずは昨日起きたことの説明を頼もうか、ツミキ」
はい、と応答したツミキはヘルの方を向く。
ツミキ「ヘルさん? あなたは昨日の殺人事件の犯人として、レッドパスさんが怪しいと発言しましたね?」
ヘル「……」
「発言しましたね?」
周り全員は、突き刺す冷たい視線で、暗黙の攻撃をしていた。
ヘル「……はい」
ツミキ「よろしい。その後、それを知った生徒30人余りは、レッドパスさんを懲らしめようとしたんです。ところが、それが原因で生徒たちはケンカになり、多数の重軽症者が出ました」
ヘル「……」
タコヤマ「誰のせいだと思うね?」
ヘル「レッド……パス」
生徒「もう一度、云ってくれ」
ヘル「……」
ヘルは誰とも目が合わせられなかった。
ツミキ「あなたのせいなんですよ?」
ヘル「……」
生徒「そうだな」、「うん」、「そういうことだ」、「どう償う」
生徒たちは同調した。
タコヤマ「ヘルよ。これからお前には、償いとして、色々な者たちから試練が与えれるだろう。それに反抗することなく受け入れること。分かったな?」
ヘル「ぇ……ぁ……」
ツミキ「タコヤマ会長の云うこと、分かりますか?」
ヘル「ぁ……、はぃ……」
ツミキ「分かりましたか?」
生徒「分かってんのか?」、「それくらいの理解力はあるだろ?」、「これがゆとり世代か?」
タコヤマ「改めて聞く。……分かったな?」
ヘル「はい…………」
タコヤマ「よし。今の言葉、忘れるんではないぞ。もし自分の云うことに嘘を付いたら……分かるな? ――さあ、自分の部屋に帰れ」
ヘルは部屋の外に出された。
◆廊下〜888号室
ヘルは部屋に戻るため廊下を歩いていった。すれ違う生徒数人がヘルに反応し仲間内でボソボソと何かを云っていた。やがて888号室にたどり着き、ドアを開ける。
「……!」
缶ジュースはテーブルに置いていたはずだった。布団は綺麗に畳んであったはずだった。しかし今は、布団は点々とジュースのこぼした跡が付いていた。のみならず、残った缶ジュースの中には消しゴムのカスが浮いていた。
「また……、なんで……」
ヘルの膝はガクリと布団に落ちた。フラッシュバックが発生する。嫌な記憶と嫌な思いが吐き気とないまぜに襲う。給食のパンに鉛筆を差されたこと。プールの授業のあと、服が無くなっていたこと。机の上に菊を差した花瓶が置かれていたこと。教科書にマジックで悪口を書かれたこと。「ヘルしね」と書いた紙が、学校中から見つかったこと。トイレに閉じ込められ上から水をかけられたこと。……可愛がっていた野良猫が、目の前でカッターで引き裂かれたこと。
前のめりに倒れる上体を支えた両腕には、手首に切り傷が見えた。それから長い間、ヘルはわんわん泣いた。
部屋の前ではツミキたちが、息を殺しながらもニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて、歩いて行った。
「は……はは。ハハハハハ……ふふふ」
ヘルの涙が枯れたあとには、乾いた笑いが表れるばかりだった。
◆3階廊下
デガラシ「……んん?」
デガラシはまた幻を見たのかもしれない。
デガラシ(また化け物らしき影が……)
何度か瞬《まばた》きをするうちに、化け物の影はなくなった。
デガラシ(疲れているのでしょうか)
◆2階から3階への階段
同時刻。ヘルは2階から3階への階段を上っていた。頭上に大きな影を感じ、見上げる。
「な…に……これ」
人間を溶かした風貌の化け物がいた。化け物はグツグツという無気味な音を発する。マグマでも沸かしているのかもしれない。口に相当する箇所からは、牙と赤い液体を垂らす。手らしき部位には大きな爪がある。そしてその先まで視線を移すと――
「ぁ……、ぁ……ぅぅ」
首の無い生徒を引きずっていた。ヘルは固まった。心の中で何かが抜け落ちた。化け物は鋭利な爪を振り上げた。その爪1つ1つがよく磨かれたナイフを思わせた。
「ぁぁぁぁぁ」
ヘルの足は動かない。ガタガタ震えるのみだった。
「ヘルッ!!!!!」
そのとき階下から跳躍したヘレネーは、ヘルを片腕に抱き込み、もう片腕に持ったサブマシンガンを化け物に突き付け、ぶっ放す。…… 化け物は散り散りになった。風穴だらけになったその身体から、噴出した液体でヘレネーとヘルは赤く染まった。
ヘレネー「ヘル! 大丈夫か? ケガは?」
ヘル「お姉ちゃん……」
ヘルは抱きついた。
ヘレネー「どこもケガしたところはないか?」
ヘル「ないよ。ない。ないから、もう少しこのままにさせて……」
ヘレネーはヘルを頭をなでた。
ヘレネー(良かった。……本当に良かった。あともう少し遅れていたら……なんともならなかったかもしれねえ)
このときヘルの瞳に影のいっそう増したことには気づかなかった。
*
階下から刃沼が登ってきた。まだ欠伸《あくび》をしている。目をこすりながら二人を見た。刃沼は二人の服が同じ赤色だったのに気づいた。
「ああ、似合ってると思うよ……そのペアルック」
ヘレネー「刃沼……」
ヘレネーは刃沼を見て、そして化け物の亡骸に視線を向けて促した。刃沼はそちらへ歩いた。
刃沼「生き物……だねぇ。新種の生物? 溶けてるね。……ふうむ。お、この爪はすごい。包丁に使えるかも。(ヘレネーの方を向いて)狩りでもしたの?」
ヘレネー「お前にはそう見えるのか!?」
刃沼「ええ……、だって他にどう見ればいいの」
ヘル「襲われたの……、その化け物に」
刃沼「ああ……、そうか」
納得した。
刃沼「それじゃ、危なかったね」
ヘレネー「ああ。間一髪ってところだった」
刃沼「そういや、最近殺人事件が頻発しているとか? 犯人見つかったってことかな、これ」
ヘレネー「あ!! そうか!」
刃沼「めでたし、めでたし」
他人事のように云う刃沼を、ヘレネーは非難を込めた視線で見た。
刃沼「じゃあ、お休み」
刃沼はふらふらと、覚束《おぼつか》ない足取りで立ち去った。
ヘル「お姉ちゃん。あの人って、いつもあんな感じ?」
ヘレネー「睡魔が酷いんだそうだ。オレは近頃、頭の方も酷くなってると思うけどな」
◆909号室 前
刃沼は部屋の前でデガラシと会う。
デガラシ「刃沼、その靴どうしたんです!?」
デガラシは、刃沼の歩いてきた所を指差す。見ると赤い足跡が続いていた。
刃沼「どうしたって……」
刃沼がその赤い足跡を視線でたどると、自分の足元に行きついた。
デガラシ「あと、そうです、忘れないうちにもう1つ云いたいことがあります。また化け物の幻覚を見たんです。幻覚かどうか、はっきりしませんが。わたしもちょっと具合が悪いのかもしれません」
「ああ。そこ」
刃沼は今来た方を指差す
「?」
「化け物はすぐそこで、ぐったりお寝んねしてるよ。私もお寝んねしなくてはー……」
刃沼はヨタヨタと部屋に入っていった。デガラシは刃沼が来た方へ駆け出した。
◆3階廊下 階段付近
ヘレネーとヘルは、とりあえず部屋に戻ることにした。そこへデガラシと会う。
デガラシ「どうしたんですか!! その血! (化け物の死骸を見て)ええ!? ああ……!?」
デガラシはゲホゲホと咳をした。
ヘレネー「お前の一般的反応に落ち着くよ。刃沼はこれをペアルックなんてぬかしたよ」
ヘル「デガラシ姉《ねぇ》、化け物のことを、みんなに伝えて。多分、事件の犯人……」
デガラシ「あ……はい! そうですね」
デガラシは化け物と流血の現場を見たショックからか、顔色がやや悪くなった。
ヘレネー「オレは部屋に戻って、ヘルを休ませる」
デガラシ「分かりました」
デガラシは階段を下りて行った。
◆888号室
ヘレネーがヘルの部屋に入り、布団に寝かせようとした。
ヘレネー「ジュースこぼしてんな」
ヘル「…………」
濡れた布団に気づいた。転がる缶ジュースを取り上げ、テーブルの上に置こうとしたとき。中に異物があることにも気づいた。
ヘレネー「こりゃだめだ。ゴミが入ってる。捨てるぞ」
ヘレネーは洗面台へ行って、中身を出した。そして空き缶を脇に置いた。ヘレネーはもう一つ布団を出し、そこにヘルを横にさせた。
ヘル「わたしはもう、大丈夫だから……」
ヘレネー「そっか。ところで聞きたいんだけどな、缶ジュースん中に消しゴムのカスみたいなの入ってたが、ありゃなんだ」
ヘル「…………勉強のとき」
「ん?」
「勉強しているとき、消しゴムのカスを捨てるのに、ゴミ箱まで行くの面倒臭くて。近くにあった缶に入れたの。なんとなく」
「そうか。そのあと間違って飲みそうだから止めた方がいいぞ」
「うん……」
「オレはてっきり、いじめも想像したんだけどな。いじめられてないか?」
「うん……。それは全然。みんな…………優しい人たちだよ」
「そうか。……いつでも守るからな」
「うん」
◆大広間
常時この部屋は解放されており、生徒たちがたむろしている。ここにはテレビも備え付けてある。反面、客室にテレビはない。ヘルもまたここへ来て、古いアニメ映像を見ていた。前を横切るタコヤマは黙ったまま、しかめっ面でヘルを見た。そして頭をかかえている。「ガンガンする……なんでだ」と呟《つぶや》いて通り過ぎた。
「お前のせいだからな」 遠くで声が聞こえたような気がした。
ヘルは胸のあたりに、どんよりとしたものを感じた。ポケットの中に手を入れて、そこにある小刀《ごがたな》を握ったり離ししたりした。
*
「もういい加減にしてくれ!!」 誰かが叫んだ。
「バカじゃねえのか! もう生徒達を帰すのが筋だろうが!」
タコヤマ達含め生徒方と先生方とで、何か口論をしていた。
「だから、帰れないんだって!」
「船は無くなってる」
「携帯も圏外だ。通信機も見つからない」
「本島からは遠く離れている。泳いで渡るたって無理な距離だぜ。その上オマケが付いて、この近辺にはサメがうじゃうじゃ泳いでる。絶望」
「あともう少し待てば、迎えの船が来るんだ。じっと待つのがいいと思うぞ」
「それじゃあ遅いってんだよ!! XXちゃんも、XXも、ノイローゼになっちまってんだよ!! どう責任とってくれんだ!?」
どうも騒がしくなってきた。剣呑な雰囲気にうんざりしたヘルは大広間を後にした。
◆909号室
刃沼が目覚めた頃、窓の外はもう暗闇だった。
刃沼「やぁ、おはよう……」
デガラシ「こんばんは、ですよ」
「さあって……、風呂、行こうかな」
「わたしはもう行ってきました」
「そう。じゃあ、一人風呂で」
「気をつけてくださいよ」
「何が」
「何がって、刃沼……、得体の知れない化け物としか云いようのない物が現れているんですよ」
「あぁ本当、得体が知れないね。何だろね、あれ。それより風呂だ」
刃沼はふらふら歩いていく。
◆ホテルの給湯室
2階にある給湯室の入口付近でツミキが固まっていた。ヘレネーから失敬したのか、ツミキの手にはオートマチック拳銃が握られていた。それを今にも落としそうなほど、脱力し、震えていた。そこへヘルが通りかかった。給湯室の中を覗くと、化け物がむしゃむしゃ食事中だった。屈強で見るからに強そうな生徒が、目の前でなすすべなく食われている。
「たす……たすけ………ゲ……」
ヘルはうずくまり、耳をふさいで、縮こまった。ツミキは今も、動けないでただじっと見つめるのみだった。さらに生徒数人が通りかかった。
「おい、ツミキ。殺《や》れよ。最近その銃見せびらかしていたな。まさか、おもちゃじゃねえだろ? 何のためにそんなものを持ってるんだ?」
「おい、危ねえぞ」
「みんな逃げようよ」
そのとき、給湯室を遠く覗ける場所から、タコヤマは給湯室と反対方向へ逃げ出した。
生徒「なあ……やれよ」
「オレがやろうか?」
「早くしろよ。ビビって動けねえのか? 情けねえな」
「オレに貸せよッ」
化け物は食事を終えた。そしてツミキたちに気づいたらしい。こちらへ一歩を踏み出してきた。
「わぁッ。まずい」 その途端、生徒数人はツミキを置いて一目散に逃げ出した。
(…………)
ツミキは頭の中を真っ白にしていた。考えることが停止していた。ただ見ているだけだった。ヘルはいつのまにか、いなくなっていた。足元から固いものを叩く音がした。拳銃を落としたらしい。化け物はもう一歩、足を進める。どうやら化け物の動きは遅いようだ。逃げて追いつかれる速さではない。にもかかわらず、ツミキの足は遅いどころではない。1歩たりとも動けない。未だ顔面蒼白で固まったままだ。そこへ横の狭い通りから、刃沼が現れた。刃沼はツミキを見つけて話しかける。
「たまにはいつもと違う道を通りたくなった。そしたら迷った……。風呂場どこ?」
「…………」
ツミキは答えない。だが、何とか口を、わずかに動かした。
刃沼「んー? 何がそんな緊張状態で……?」
様子のおかしいことに気づいたらしい。刃沼は見回して、場違いなものに気づいた。生きた化け物がいた。鋭利な爪をこちらに突き出している。
「お誂《あつら》え向きっ」 刃沼は落ちていた拳銃を拾い、ツミキに渡そうとする。だがツミキは受け取ろうとしない。それ以前に動こうともしない。
「やられる前に、撃ち殺した方がいいと思うなァ」
ツミキの手に、拳銃を無理やり握らせた。そのとき、給湯室の壊れかけた天井が突き抜け、新たな化け物が落ちて現れた。さらに2体の化け物が襲いかかる、という状況下。不幸中の幸いなのは、3体とも人間に比べてかなり移動速度が遅いということだった。おまけに知性も低いようだ。
刃沼「おぉい、ピンチだよ。ピンチだってば」
刃沼は、ツミキの肩をゆらゆら揺らす。けれども、反応がないようだ。
刃沼「ダメかなこりゃ。――借りるよ」
刃沼はツミキの拳銃を手に取る。そして……。大きな一撃の銃声とともに、化け物は3体とも倒れた。それきり動かない。銃声は確かに一発だけだった。そして刃沼の手から拳銃が落ちた。
「痛つつ……」 手が痺れたようだ。「無理な使い方だったのかなァ……」 刃沼は落ちた拳銃を拾い、ツミキのポケットに差し込んだ。「もしかすると、それ壊しちゃったかもしれないけど、……まあ、命を失うより、マシだろね」 返された拳銃には、弾が3発分なくなっていた。
◆100号室
その後ようやく、金縛りのような緊張状態から抜け出したツミキは、部屋へと戻った。
ツミキ「信じられないかもしれませんが、化け物が……」
タコヤマ「ああ……。デガラシから聞いたよ」
「そう……ですか」
「ヘルとヘレネーが襲われたらしいな」
「いえ! 今、僕が襲われたんですよ!」
「もう一体現れたのか!?」
「いいえ……、さらに2体現れたので……、合計3体です」
「ヘルの方も含めると4体か。それで、その化け物、どうした」
「僕のこの愛用銃で、僕が3体ともバンバンと退治――」 ツミキは拳銃を手に持つ。
「お前がやったのか? ……違うだろう」
「あ……」 タコヤマはツミキの拳銃を取り上げながら、さらに云う。
「お前が嘘を付きやすいことは知っているよ。だがオレにも嘘をつくのか?」
「……すいません。本当は刃沼とかいう胡散臭い奴です。偶然そこへ来て、私の銃を奪って勝手に撃っていきました」
「そうか――。弾は3発発射したのか?」 拳銃のマガジン(装弾部分)を確認しながら云った。
「ええ、はい」 戸惑いながら返答する。
「大したものだな、そいつは」
「え?」 キョトンとする。
「だってそうだろう。3体に3発なら、それぞれ一撃で仕留めたってことだ。そんな芸当、そうできるもんかね。できるはずがねぇ。その刃沼って奴が化け物を仕込んだ犯人なんじゃねえか? 何か気に食わねえんだ」
「ああ、そういえばそうです」 思いついたように発言する。
「なんだ?」 促す。
「そういえばその刃沼って奴、一発しか撃ってないのに、みんな倒してるんです。やっぱりトリックかなんかですかね」
「おい、ちょっと、何云ってんだ。この通り3発なくなってる」タコヤマは拳銃のマガジンこぼした弾丸を指さす。そしてさらに云う。
「だいたいお前に今さっき確認したろ。3発撃ったのか? そうです、ってよ」
「…………」 ツミキは矛盾を突かれて押し黙る。その頭の中では様々なこじつけの言い訳を巡らしていた。
◆888号室
ヘルの部屋へ、タコヤマが開錠して入る。
ヘル「!? 鍵をしておいたはずなのに……」
タコヤマ「合いカギというのもある。おれはどこでもオールパスだ」
「そんな……。ホテルの人から借りたの、……ですか?」
「さあな。それよりヘルさん」 タコヤマはツミキを部屋に入れる。
「今日、こいつが襲われているのに、逃げ出したようですな?」
「だって……」
タコヤマはヘルの腹部を蹴り飛ばした。
ヘル「うぅ……おごっ……おへっ…………」 ヘルは胃の中のものを出した。
タコヤマ「汚ねぇ」
タコヤマはツミキに、目で催促する。ツミキも、ヘルを頬を叩《はた》いた。
タコヤマ「バカ。外から見えないところをやれ。ヘレネーに気づかれたらどうするんだ」
ツミキ「…………」
タコヤマはまた、顎でツミキに指示を出す。ツミキはヘルの荷物を漁る。
タコヤマ「ヘルさん、分かってるね? もし、このことを他人に云えば……もっとひどい目に……分かるね?」
ヘル「…………はい」
漁り終わったツミキは、見つけた紙幣をタコヤマに渡した。
ヘル(云わない……云わないよ……云わない)
◆海岸のベンチ
刃沼は珍しく外へ散歩し、海岸のそばに見つけたベンチに腰かけた。
刃沼(カモメがカァカァ)
ウミネコが飛んでいた。しばらくして初老の男性が隣に座る。
「隣、いいですかね?」
「もう座ってる癖に」
相手はどうも話したくて仕方ないと云った様子。
害骨「これも何かの縁ですなぁ。私は害骨といって――」
「何の縁があるの」
「ここで出会った縁ですが?」
「そう……」
「ゴホン。私は害骨と云いまして、まあ色々と研究している者です」
「研究者……」
「ええ、まあ」
*
害骨はポケットから何かを取り出そうとする。
刃沼(研究用の物品でも出すのかな……?)
刃沼は期待して、ポケットを注視するが、
害骨「そちらは将棋、知っております? 何ならオセロ、いや、リバーシ? それでもいいですし、 トランプもあるんですがね」
害骨が出したのは、ポケットタイプの将棋セットとリバーシゲームセットと、トランプだった。
刃沼「……」
刃沼が黙っていると、害骨は淡々と将棋の駒を並べ始めた。
*
害骨「最近、やっといじめが観察されましてねぇ……、あ、そこ二歩《にふ》ですよ!」
害骨「とある方に、ちょっと細工をしてみたんです……、飛車もらいましたねこりゃ。王手飛車取りです」
刃沼「ぬうう」
害骨「いじめっ子を見ると、頭痛を起こすよう作ったんですが、短期間で回復してしまってねぇ……、おや、そちらの歩、全部もらいました。やった」
害骨「今度は何を試そうか、という段階ですね。しかしまあ……、あれ、今そちら、飛車が取れたのに、ドジしましたね」
害骨「しかしまあ化け物が出ましてね。ありゃ実験の失敗作ですよ。研究員の誰かが暴走してましてね。狂人化現象が研究員にまで及んでしまったようなんですが、他の研究部門についてはさっぱり相互に手出しできなくて……。滅びるまではこうやって将棋でも遊んで……、あれれ、角、取られちゃいましたね」
害骨「はい、王手と。もう逃げられませんね? では、ありがとうございます。楽しかったです。すいませんね、一方的に話し込んで、一方的に攻めてしまって。ではまたいずれ」
害骨は将棋盤を畳み込んで、海岸沿いに去って行った。
刃沼(強かった……。それにしても相手さん、終始独り言の多い人だった)
刃沼と云う人間は、人の話をあまり聞いていない。そういう者だ。
◆給湯室
ヘレネーと刃沼が話し込んでいる。
「そういえばヘレネー、ツミキって人に銃をあげたの? それとも盗られた?」
「売ったんだ。そいつは金を持ってたからな。そいつだけでねぇよ。色んな人に話を持ちかけたんだ。一応、銃器屋の娘だからな。武器の売買もしてるんだ」
「娘? ああ、女だったんだ」
「……オレだってあんたの性別、よく分かんねえよ。――でさ話は戻るけど、こういう状況だから、けっこう売れるかと思ったんだけど、大概の奴は高くて買えねえと。で、どうだ、ツミキって奴は。オートマチック拳銃の一つをやったんだが、上手く使ってくれてるか?」
「落っことしてたよ。本人、動けなくなって」
「そうか、そうだな。実際そんなもんかもしれないな。引き金を引くだけすら極限状態ではできなくなったりしてな。じゃあ、代わりに刃沼が撃ったのか」
「そう」
「無事に発射したか?」
「痛かった。3発目で引き金がガチッって引っかかったよ」
「やっぱり早撃ちでやってしまってたか。あの銃はあんたには合わねえ。あんたの早撃ちには耐えられねえんだ」
「へえー」
「弾の送り出しがな、間に合わねえんだ。だからあんたにはいつも、特別注文のリボルバーを渡してた」
「良く分からないけど、そういうことだったの」
「そう。もし他の銃を使わざるえなきゃよ、もう少し射撃のスピードを抑えて撃つこった」
「分かった。頭に入れておく。忘れると思うけど」
しばらくの間のあと、ふと思いついたように語り出す。
刃沼「今さら遅いけど、不慣れな人に銃を持たせるなんて、危ないねー」
「この国じゃあ拳銃を持つのに年齢制限もライセンスもねえからな。危ないからって素手で対抗するわけにもいかねぇだろ? 扱い方が悪くて事故起こすのも、ある程度仕方ない。モノがモノだ。そのぐらいのリスクは受け入れてもらう」
「敵に撃ちこまれる弾よりさ、仲間内で被弾する弾の方が多かったりして」
「そうならねぇよう祈りたいもんだ」
ヘレネーは懐から葉巻を取り出し、口にくわえ、ちぎる。またくわえ火を付けた。
「貴方たちは本当に十七歳なんですか」
声のする方を見ると、デガラシがいた。
「ヘレネーさん、ここは禁煙……ではないですが、ダメですよ未成年で喫煙は」
「固いこと云うなよ」
「だめですって、二十歳《はたち》になるまで我慢してください」
「仕方ねえ」
ヘレネーはタバコの火を消し、内側をアルミでおおった箱に仕舞った。次に四角く平べったいボトル(スキットル)を取り出した。
「それは?」
「コニャックだ」
「ダメですよ?」
「じゃあバーボンならいいのか?」
「酒類は駄目です」
「なんで。もうちょいで十八になるんだから、変わりはしないだろ」
刃沼「酒も二十歳からだったと思うな」
「二十歳は自動車の運転免許がとれるんだろ」
「それは十八歳です」
「んじゃ……」
「酒もタバコも、二十歳まで我慢してください」
ヘレネー「なんてこった……」
刃沼「アルコールを飲ませないと、同じアルコールだからって、ガソリン飲みそう」
デガラシ「飲みませんよ。……ね?」
ヘレネー「…………そうだな」 しばし間のある答え方だった。
刃沼「そういえばアルコール度数が高い酒は、ガソリンの代わりになるっていうけど、本当?」
ヘレネー「聞いたことあるな。本当かもしれないけど、分からん」
「ディーゼル車って、軽油でなく灯油でも走るっていうのは」
「そうらしいな。ただ法律的に問題がありそうだな」
「ヘレネーにとっての酒とタバコも、法律的に問題がありそうだと思う」
「そうだっけか」
「それにしても色々持ち込んでるんだね。銃に酒にタバコに、他にも?」
「酒とタバコも売りモンさ。鉛玉の飛び交う所には、気休めの品が売れる。保存食も用意してある」
◆広間
広間で昼食を食べていた、刃沼とデガラシ。そこで奇声がつんざく。音のした方を見ると、口から泡を吹いたタコヤマが暴れているようだ。片手で頭を押さえ、片手で周囲の者を叩いている。目も血走っている。左目と右目で違う方を見ている。
「どうしたんでしょうね」
「憤慨したか、発作が起きたのかな?」
タコヤマはしばらく暴れていたが、やがておさまった。そののちまた騒ぎが起きた。タコヤマを見ると、大人しく座っていた。今度はタコヤマではなくその取り巻きの一人が異常だった。頭が割れて、身体が溶けていくように見える。
デガラシ(あれはまるで、化け物と同じ……)
猛獣の雄叫びが響く。その異常化した生徒が発したものだった。みんな、そちらを注視したまま動かない。場が緊張に包まれる。
ズルズルズルズル
依然として刃沼はざるそばを食べており、凍りついた雰囲気の中では、その音が妙に目立つ。
異常化した生徒は、猛獣のように近くの人間に襲いかかった。相手の喉笛を噛み切った。悲鳴が広がる。あちこちで生徒が倒れる。刃沼は、食事をしながらも、頭の中では、手持ちの銃の残弾数を考えていた。もはや化け物となったそれは、かがみこんで人肉を噛みついていた。
デガラシ「刃沼、危ないですよ! 逃げましょう」
広間に誰か駆け付けたようだ。突然入ってきたその大きな赤い影は、駆けるままに、化け物じみた生徒に近づく。その背中を、瓦割りするがごとく、手刀で叩き割った。うずくまる相手に、さらに跳びかかり、その大きな手で頭部を握り潰した。脳などの臓器を一部外にはみ出して、その化け物は動かなくなった。が、回りの生徒数人も失神して、動かなくなった。
レッドパス「これで十匹目だ……」
レッドパスはその場にいる者に向かって語りかける。
レッドパス「おい! 聞け! 化け物は日に日に増えている。まだ収まる気配はない。自分の身は自分で守れ」
それだけ云うと、立ち去った。
デガラシ「あの……刃沼、あの化け物、もしかして生徒……」
刃沼「化け物の元は生徒かもしれないね」
刃沼は、丼《どんぶり》に血飛沫《ちしぶき》が入らないよう、身体で遮りながら、ざるそばを食べ終わった。
「……」
◆909号室
デガラシ「ヘルの調子がわるいようなので、隣の部屋にいますから」
刃沼「ぁい……」
夕暮れ時、いつものように微睡《まどろ》んでいる刃沼にそう伝えた。言葉にならない返事が返された。
◆888号室
ヘレネー「ヘル、大丈夫か……?」
「うん……。少し熱が出ただけだから。体温計見たでしょ。大したことないよ」
デガラシ「こんにちは……」
おずおず入ってくる。氷水の入ったビニール袋を手にしながら。
「おお、サンキュー」
ヘレネーは、汗でびっしょりになったヘルの服を着替えさせた。
ヘレネー「ん? この腹のアザ、どうした? ……誰にやられた。あの化け物……じゃあねえな。人間が付けた傷だ」
腹だけではない、背中にも腕にも、いたるところにアザがある。アザがないのは、服に隠れていないところだけだ。
デガラシ「ひどい……」
その姿を目にしただけで、デガラシは目に涙をためていた。
ヘル「大丈夫だよ、お姉ちゃん」
ヘレネー「これが、大丈夫だってか。ヘルよ、いじめ自殺てぇの知らねえわけじゃねえだろ。オレはやだよ。ヘルが死んじまうのは」
ヘル「大げさだなぁ……。死なないよぉ」
少しおどけた感じで答えるヘル。対してヘレネーは真面目な表情だ。
ヘレネー「ヘルが心配で一緒にきたってぇのに、これじゃア……」
ヘル「…………」
ヘレネー「分かった。これからはオレ、この部屋に泊まるから」
ヘル「ええ……でも」
「問題ねえだろ。ここにはヘル一人しか泊まってねえんだ。黙っとけば分かんねえって」
デガラシ「…………」
二人はしばらく沈黙し、静かになった。隣の部屋からトタトタという音が聞こえた。
(あ、刃沼、起きたんですね)
◆888号室 夜
デガラシ(あれ……)
薄明りの照明だけが灯された中、ヘルとヘレネーが寝ている。そしてデガラシにも掛け布団がかけられていた。いつしかデガラシも一緒に寝ていたらしい。
デガラシ(おや……) 嫌な気配が外から。ピチャリ、ピチャリ、ピチャリ
ヘレネー「来たな」
デガラシ「起きてましたか」
ヘレネー「しっ。……あの足音、化け物だよ。それもかなりの数だ」
デガラシ「部屋の前まで来ました……」
ドタンドタンドタン!
ドアを無理にでも開けようとする、激しい音が響いた。
ヘレネー「ここのドアじゃないぞ。隣だ。あいつら隣の部屋の――」
デガラシ「刃沼……っ! ああ、刃沼は今一人なんです! 危ない、刃沼が……」
ヘレネー「落ちつけ! 落ちつけって」
「そんな! ……っっ!! 落ち着いてられますかっ!」
デガラシはドアの外に出ようと立ち上がる。が、ヘレネーに腕をつかまれ、行けない。
ヘレネー「デガラシ! 待てって。あんたは知らないと思うがな、奴なら大丈夫なんだ。奴ならな」
デガラシは聞いていない。そのとき、隣のドアが破壊された。
「刃沼ぁ!」
デガラシは手を払いのけて、駆けだした。
◆909号室
同時刻。
ドタンドタンドタン!
刃沼「ああ……、そう急かさないで……」
ドタンドタンドタン!
刃沼「ふぁぁあっ」
欠伸《あくび》をして、時計を見ると、深夜だった。
ドタンドタンドタン!
刃沼「何? 何の用? 今、深夜ですよ?」
ドタンドタンドタン!
刃沼「………………」
刃沼は耳を澄ます。隣の部屋から、デガラシに似た声が、怒鳴り声を発している。テーブルの裏に隠してあった、もう一つの拳銃と、予備の弾丸をポケットに入れた。テーブルを移動させた。そしてその上にイスを乗せた。
◆888号室
ヘル「怖い…………」
ヘレネー「大丈夫だ」
そのとき、部屋の天井の一部が外れ、何か獣のようなものが落ちた。
ヘル「わぁぁッ」
ヘレネー「伏せろッ」
ヘレネーは反射的に、銃を抜き、発砲した。
手慣れているのか、その抜き撃ちは一瞬だった。にもかかわらず、その獣らしきものは、化け物とは比べ物にならないほどの俊敏性で、それをかわし、物陰に隠れた。
ヘレネー「隠れてねえで、出てこい!」
刃沼「出てきたら、撃つでしょうが!」
ヘル「!?」
ヘレネー「刃沼か!?」
刃沼「そうだよ」
「なんだ。驚かすなよ」
「こっちは驚きついでに撃ち殺されるところだった」
ヘル「出てきて。だいじょうぶ」
「ヘレネーが銃を下したらね」
ヘレネーは銃を構えたままであったことに気づき、仕舞う。
「あぁ、すまねぇ」
刃沼が物陰から出てきた。「心臓ドキドキ」
「……デガラシは? それらしい声がしたはず」
「そうだ! さっき、お前を助けに隣の部屋に――」
刃沼は駆けだした。
◆909号室
デガラシ「刃沼っ! 刃沼! どこですか!」
デガラシは化け物の中を、何とかかんとか避けるようにしながら、刃沼を探していた。
刃沼「デガラシ! こっち来い!」
デガラシは部屋の外にいる刃沼に気づき、緊張を緩める。
デガラシ「刃沼……」
ホッとして顔がほころぶデガラシの背後で、化け物の爪が振り落とされた。爪と云うより刀に近い爪だった。後ろを振り返るデガラシ。もう間に合わなかった。――デガラシは風圧で畳に倒れた。刃沼の握る特殊形状の銃から、煙が立ち上る。
刃沼「敵の真ん中で、油断するな……」
デガラシのそばに、何か落ちた。化け物の手だった。えぐるように千切れていた。
刃沼「伏せててよデガラシ」
刃沼は別な銃に持ちかえ、発砲した。一度に、装弾数の全てを撃ち放つ。そしてすぐさま、まだ弾が残っているもう片方の銃へ構え直した。化け物たちはゆっくりと倒れた。どれ一つ、もう動くことはなかった。刃沼は部屋に入り、デガラシに近づく。その間も、死角に敵が潜んでいないか、臆病すぎるほどの足取りで警戒しながら。デガラシを抱きかかえ、部屋の外に出た。
デガラシ「刃沼……、ごめんさない……、うぅ……」
泣いているようだ。刃沼はデガラシの頭部や背中、胴体、腕など、あちこち確認する。
刃沼「ケガは……ないな。良かったもんだ」
刃沼は銃の空薬莢を捨て、弾を詰めた。
◆888号室
刃沼「デガラシも、無事、回収」
ヘル「そんな、モノみたいに……」
ヘレネー「刃沼、危なかったな」
刃沼「危なかったのはデガラシだよ」
デガラシ「すいません……」
ヘレネー「それで、デガラシ、見たろ? 刃沼の腕前を」
ヘル「私も見たかった」
デガラシ「わたしは伏せていたので、よく見てませんでしたが……。気づいたら、化け物が全員死んで……。一瞬の出来事でした」
ヘル「勝負は一瞬で決まる、と」
刃沼「ヘレネーにもらった、変わった銃のおかげ。あれでなかったら、腕ごと吹っ飛ばせなかった。大口径だから凄いのかな? 反動で腕もちょっと痛かったけど」
ヘレネー「嬉しいねぇ、役に立って。そいつはな、大口径なだけでなくて、高速弾でもあるんだ。秒速1000mどころじゃない速度だ。そいつで撃つと、弾の直径の何倍もの大穴が開くほどだ。人間なんかにやった日にゃ、それはもう、目も当てられない悲惨なもんさ」
デガラシは沈痛な面持ちで呟いた。
デガラシ「生きるには……、力がいるんですか……」
刃沼は考えながら答えた。
刃沼「ん……、でもね、力ばかり求めてるとバカになるよ。『どう生きるか』で、求める力は違うはず。この状況下では、武力こそ力だと思ってしまうかもしれない。けどさ、……例えば、食料を用意する力も、治療する力も必要。弾を食う訳にもいかないしね」
ヘレネー「それで思ったんだが、あの化け物、食料にできねえかな?」
デガラシ「ぅぅっ……やめてください。吐きます」
ヘル「お姉ちゃん」
非難の視線を向けるヘル。
ヘレネー「すまねえ」
刃沼(悪い案でもないと思うけどね)
化け物に恐怖する者がいる一方、化け物狩りを楽しむ連中もいた。ここにケンジ、キヨシ、ホープという三人組がいる。
◆広間にて。
タコヤマ「オイオイオイオイオイオオオオォォォォ」
タコヤマはケンジの肩を掴《つか》みガタガタ揺らせながら、自分の首も胴体から抜けそうなほどグラグラ揺らせていた。
ケンジ「会長さんよ! しっかりしてくれよ! なにしたってんだ!?」
タコヤマ「オオオオエエエエオオオオオエエエ」
タコヤマはケンジの肩を離すと、両手で頭を抱え、絶叫しながら直進して行った。数度、壁に衝突したのち、廊下に出て、どこか遠くへ走って行った。
キヨシ「もう駄目じゃねえか。狂ってるよ」
ケンジ「ああ。死んだな」
キヨシ「今日はあの空家 行こうぜ! きっと化け物がウヨウヨしてるぜ」
ケンジ「ああ。ヘレネーから武器も頂いたしよ。おめえも来るよな? ホープ?」
ホープ「僕は……恐い。行きたくない」
キヨシ「まァーったく、臆病風吹かれてヨ。そんなんだからオレらみたいな友達しかできねえんだ」
ケンジ「見ろよ、あの刃沼って奴をよ」
ホープ「…………(いつも そば食べてる子?)」
ケンジ「何が起きても、いつもあいつは、どこ吹く風ってなもんだ。あのマイペースを、お前も見習えヨ」
ホープ(それって単にこの状況が理解できてないだけなんじゃ……)
キヨシ「んじゃまぁ、いくか」
ホープは襟元《えりもと》を掴《つか》まれ、連れて行かれた。
◆路上
レッドパスとすれ違う。
レッドパス「…………」
鋭い眼光が三人を刺す。
ケンジ「…………」
キヨシ「あれはヤバイわ……」
ホープ「……(なにがヤバイのだろう)」
◆空家。
「入るぞ」
島に点在する或る一軒の建物に入った。中は頑強な石造りになっていた。奥から引っ切り無しに物音が鳴り響いている。
「やっぱりこれ、迷路だよな?」
入って早々、緩やかな下り階段と、下りのスロープが続いた。その先は奇妙に入り組んだ道の数々。はがれた壁からは土が見える。もう地面の下かもしれない。
「いい雰囲気、醸《かも》し出してるよ。なぁ、まるでRPGのダンジョンじゃないか」
ホープ「ダンチョネ?」
「耳悪ぃな。ダンジョンだ、ダンジョン」
(ダンジョン……、地下牢のこと……?)
三人は物音のする奥の方へと進む。後ろから、もう一人の影。
◆地下迷宮、地下1階
ケンジ「出ました化け物、2体」
ケンジがサブマシンガンを連射する。
10何発か撃って、ようやく一体を動けなくした。
キヨシ「へーたくそ〜」
キヨシはアサルトライフルを単発で撃ちこむ。3発撃ったところで、もう一体は倒れた。
ケンジ「で、お前にはこれだ」
ホープ「お、大きいよ……」
ケンジが渡したのは、スナイパーライフルだった。
キヨシ「カッコ良いだろ? ヘレネーの奴は『全然売れねえから、格安で売ってやる』とかいうが、どうしてどうして、なかなかいいもんだ」
ホープ「銃なんて……興味ない。怖いだけだもん。大きな音だけでも怖いよ」
キヨシ「こいつはな、スナイパー、つまり狙撃用なんだよ。狙撃銃とも云う。遠くからの狙い撃ちに優れてんだ」
ケンジ「ここ狭いんだけど? 不向きじゃねえか? なんで持って来たバカ」
キヨシ「有り金 叩《はた》いて買ったんだぞ! 使わなきゃ損だろ!」
ケンジ「自分が使ったらいいだろ! だいたいホープは一番小柄なんだから、合わねえだろ!」
ホープ「ケンカしないで…………。持つだけ持つから」
ホープは押し付けられた狙撃銃を抱えた。
正面遠くから敵が現れる。
ケンジ「お〜お、大声出したら来た来た」
キヨシ「さぁーて、お前の出番だな」
キヨシはホープを前に突き出す。
ホープ「え!? ええ!? 分からないよ! 使い方!」
キヨシ「問題ない。オレが手取り足取り――」
ケンジ「敵が目の前なのにか?」
「大丈夫だって。見ろ! あいつら足が遅いんだ。今迫ってる奴だって、カメといい勝負だろ」
ホープに狙撃銃(スナイパーライフル)を構えさせ、スコープを覗かせる。
キヨシ「オレも本物を扱うのは初めて。調整はどうやるんだ……分からねえ。ん? こうか。違うか」
ホープ(すごく心配になってきた……。……暴発したらどうしよう 暴発したらどうしよう 暴発したらどうしよう)
キヨシは引き金に触れた。発砲した。狭い空間で反響する轟音は、なお、けたたましい。
ホープ「!?」
キヨシ「あ、いいぜ」
ホープ「うぅ……」
ホープはやけっぱちになり、観念して銃を構えた。化け物はその間にも距離を詰めていたが、まだまだ離れていた。スコープ越しに化け物へ狙いを定める。そーっと引き金に触れる。そのとたん発砲した。化け物はよろめいたのち倒れた。どこに当たったのかも分からないが、とにかく命中したらしい。
ケンジ「お! やるじぇねえか!」
キヨシ「ほんとほんと。一発で倒したなら、オレ達より凄いぜ」
二人はホープの髪をぐちゃぐちゃに撫《な》でた。遠くで誰かがじっと見ていた。
「…………」
◆地下2階
敵は数匹しかいなかった。危なげなく倒し、先へ進んだ。
◆地下3階
この階では、1匹も出会わなかった。
◆地下4階
そして地下4階の奥まで来た。
ケンジ「張り合いがねえな。本当に化け物の巣窟《そうくつ》なのか、ここ?」
キヨシ「話ではよ、入ってすぐにのところで数えきれないくらいたくさん化け物がいたって。おかしいな」
ホープ「いなかったらいないでいいよ。帰ろうよ。怖いし、重いし、寒いし、暗いし」
ケンジ「情けねえ」
キヨシ「ここまで来たってのに」
そのとき、来た道が落とし岩で塞がれた。
「なんだ!?」
「閉じ込められたか」
塞がれた岩の向こうで、何やら叩く音が小さく聞こえる。
ホープ「あああああ!!!」
塞がれた道と反対、奥の方を指さして、ホープは悲鳴を上げた。そちらには化け物の群が迫っていた。それも今までのものと違い、移動速度が速い。二人は銃を連射した。
キヨシ「おい! お前も撃て!」
ホープは銃を構えるも、素早く移動する相手をスコープでとらえきれない。
ケンジ「ホープ、何してんだ、バカ! とにかく撃て」
ホープはスコープを覗くのを止めて、直感で撃った。狙った方向とてんで違う方へ弾が飛んで行った。が、そのあたりの化け物が一体倒れたので、当たったのかもしれない。
ケンジ「いいぞ、その調子だ。もっと撃て」
三人は弾丸の尽きるまで撃ち続けた。その背後の岩では、やはりドスンドスンという音が鳴っていた。岩の向こうでも岩が落ちているのかもしれない。
*
ケンジ「だめだッ」
弾切れになった銃を放った。
キヨシ「こっちもだ」
ケンジ「残ったのはホープだけか」
ホープ「こっちも残りの弾、ほとんどない」
三人は沈黙した。化け物は次から次へと湧いてくる。
キヨシ「貸せッ!」
キヨシはホープの狙撃銃を取り上げた。そして撃つ。が、一発も当たらず、全ての弾丸を使い果たした。
ケンジ「ああ……バカ野郎……っ」
ケンジの目からは滴が垂れていた。
ケンジ「死にたくないよぉ……」
キヨシ「そうだ、おい、ケンジ、お前、囮《おとり》になれ」
ケンジ「いやだよ。お前がなれよ」
二人は口論になる。
ホープ「落ちついて二人とも。今はもう、囮も意味がないでしょ。……!」
ハッとしてホープは伏せた。キヨシとケンジは逃げ出した。化け物がすぐそこにいて腕を振り回したのだった。ホープはそれをかわしたのち逃げた。三人は逃げ続けた。岩からグォォン、グォォンという地鳴りが聞こえる様になった。ケンジが転んだ。くたびれており、すぐに起き上がる力は出ない。
キヨシ「ケンジ!! やられるぞ! ケンジ!!」
化け物はその鋭いナイフのような爪も振り上げる。そしてケンジの胴体目がけて振り下ろした。ケンジの胴体を突き刺した。貫いた爪は、引き裂くように動かされる。ケンジの絶叫がこだます。ホープは、そちらを見てしまった。引き裂かれたケンジから、内臓が飛び出ているのを、見てしまった。吐き気に襲われ、ホープは立ちどまってしまう。
キヨシ「ホーープ!!!」
ホープの後ろからも、化け物が腕を振り上げていた。岩は随分、激しく振動した。なぜだろう。不思議な岩だった。だがこのとき、振動するにとどまらなかった。岩が粉砕され、飛び散ったものが化け物に直撃し、ホープを守った。代わりにホープの腕や背中にも、岩の欠片が激突し、いくらかのケガを負った。ホープは気絶した。破壊された岩の向こうから、赤いカウボーイハットをかぶった大男が、飛び込んできた。そして、すばやく辺りを確認する。
レッドパス「一人生きてるな。いや、もう一人、すぐそこの奴も気絶してるだけか。もう一人は……ダメだ、死んでいる」
レッドパスはキヨシにすばやく近づき、追いかけてきた化け物を、一撃の拳で黙らせた。岩石を叩き付けるような堅い拳だった。
有無を云わさず、キヨシを抱きかかえる。次にホープへ向かう。ホープには、また化け物が群がろうとしていた。レッドパスはいったんキヨシを放る。そして懐から金属製の棒を取り出す。群がる化け物たちを、叩いたり突いたり、殴ったりし、追い払う。そののち、棒をしまい、ホープとキヨシを抱え上げ、地上まで一気に走り抜けた。
◆空家の前
地上に出たレッドパスは、二人を雑に放った。とくにキヨシの方は、地面に叩きつけるかのごとく放った。
キヨシ「痛ってえ……」
ホープは起きたらしい。
ホープ「ううん……。あ、生きてる……! 生きて、る……!」
ホープは泣き出した。
キヨシ「ケンジ……、死んじまった……」
レッドパス「……」
キヨシ「あんたがもう少し早く、助けにきてくれれば……! ケンジは……」
レッドパス「……その様にしか思わんのならば、お前をまた先程の場所に連れ戻すぞ」
キヨシ「…………」
レッドパス「お前が化け物退治をしたがった、その理由から話せ」
キヨシ「遊びだよ……」
「遊び、か」
「化け物という殺していい存在がいる。そして本物の銃がある。じゃあやるこたぁ決まってるだろ?」
「死を覚悟してのことか?」
「へ?」
「相手を殺す以上、こちらも殺される覚悟ができているのか、と聞いている」
「だって、遊びだよ? 狩りだよ?」
「殺しが遊びとはな。ずいぶん命を軽くみたものだ」
「誰だってハエを殺すのに、自分の命がどうとか考えねえだろ!?」
「あの化け物は殺傷力がある。それは分かるだろう」
「……」
「今は、攻め入る力はいらないのだ。守る力だけで良い」
レッドパスは岩を転がして、地下通路の入り口へはめ込んだ。