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第5章 「乱」



第1節 「いじめ、標的、刃沼」


 さらに数日が過ぎた。色々あったものの、またここしばらくは落ち着きを取り戻していた。

◆100号室
 会長と生徒達が話し込んでいる。役員たちの会議のようだ。
「会長、食料がそろそろ尽きてしまいます」
「山のもの、海のもの、自然のものがたくさんあるだろうに」
「季節のせいか、気候の変動か、山からはまともに食えるものなく、海もその……サメが」
「今までサメを食べてきただろう?」
「サメに食べられている始末です。うまくサメを取れなくなってしまいまして」
「どういうことだ?」
「いやぁ、分かりません。とにかく海はダメです。危険すぎます」
「人もかなり減ったな」
「化け物を食用にするという案はどうだ?」
「近づくだけで危険です。今は追い払うので精一杯です。それに食えたものかどうか」
「ふうむ……どうしたものか」
「人が減ったんですよね。もっと減らせばいいじゃないですか」と、発言したのはツミキだった。「他に方法がないのなら、僕が動きますから」

◆888号室
ホープ「ここにいたんですか! 大変なんです、大変です」
 今は亡きヘルととも子の部屋に、刃沼がいた。あれから909号室と888号室を、気分で行き来している。元いた909号室は化け物騒動で荒んだ。そして今、慌てて入り込んだのが、ホープと云うおかっぱ頭の学生だった。
刃沼「……誰?」
「ホープです!」
「ほー……ふぅん、知らないな」
「同じクラスですよ!?」
「うーーん……」
「もしかしてぼくのこと、覚えてないんですか!?」
「覚えてないも忘れたも…………クラスメイトは全然知らない」
「ぼくはホープです。これから覚えてくれたらいいです!」
「で、どうしたの、そんなにカッカして」
「みんながあなたを殺そうとしているんです!」
「なんでだろ。私は最近何もやってないのになぁ、睡眠しか」
「そんな呑気な……。今の状況、そう落ちついてられませんよ!」
「まぁ、ゆっくり、そちらさんが落ち着いて……。順を追って説明して」
 刃沼はお茶を入れてきた。
「それで?」と、話を促す。
「ツミキはぼくをいじめていて、それで刃沼さんを、陥れようとして――」
「もう初っ端からつながりが分からないよ。なんでそこで私につながる? 巻き込まないでほしいな」
「ぼくと刃沼さんが仲間で、刃沼さんが手助けをしている、と、一方的に信じ込んでいるみたいですツミキは」
「信じ込むなら別の人にしてもらいたかった。たとえばヘレネーとか。そういや、ヘレネーについては? ツミキって奴はヘレネーにぶっ飛ばされたんだから、さぞ恨んでるはず」
「ヘレネーさんについてですか……、いやヘレネーさんについては、とくになにも、言及することすらありません」
「なんでだよ」
「さぁ……」
「まぁいいや。しかしツミキ一人の恨みがなんで、みんなに波及したの?」
「地下倉庫で二人の死体が見つかったようです。それを刃沼の仕業だと」
「えー、そりゃあ云いがかり――」
「分かってますよ! 分かってます。あなたが多分関係ないことは。遺体の様子からして、おそらく化け物の仕業です。みんな分かっているはずなんです。でも、みんなおかしくなってるんです」
「みんな、おかしい。頭が?」
 少し冗談ぽく刃沼は云った。
「はい」
 それに対し、ホープは真面目に肯《うなず》いた。そして激情混じりに語りだした。
「ツミキの勝手な解釈、無理やりなこじつけでしたが……なんでしょう? 集団心理でしょうか? 恐かったです。マインドコントロールというのかもしれません。冷静に考えたらおかしいんです。まぁ、ツミキがなんて云ってたか、もうよく覚えてないんですけども、話がめっちゃくっちゃで、でたらめで……。とにかく、こじつけだらけでした。でも、みんな頭がおかしいんです。みんなが『そうだ』って。信じたんです。ありえないんです。なんでか分かりません。もう狂ってるんです、誰もが。――ああ、もう! やっぱそうなんですよっ! みんなイラついてます。みんなムカついていて、ただ、そう、怒りの捌《は》け口が欲しいだけなんですよ、きっと」
 ホープはまくしたて、いくらか気の済んだ面持ちだった。
「ああ、なんとなく分かった。つまり理由はないよ。ストレス発散だ。ははっ。いじめや通り魔の標的と同じだね。標的にされるのに理由はない。ただ”誰でも良かった”って。馬鹿らしい」
「バカらしい……ええ、まあ」
「馬鹿なのは標的を私にしたこともだよ。素直に化け物を標的にすりゃ良かったのにさ。……さて、私を襲って無事に済むとでも、思っているのかな、その連中は」
「えっと、刃沼さんは、相手を返り討ちにできるほどに、何か武術の経験が……?」
「んん、まぁ、ただ一方的に殺されたりはしない程度には」

◆大広間
 いつものように食事のため、広間に来た。だが、刃沼によこされたのは、泥を盛った皿だった。
「お前に食わすものはねえよ」
 そう云った生徒を、刃沼は睨む。刃沼が一歩向かおうとしたとき、腕をつかまれる。見るとホープだった。連れていかれて隅の席に座る。デガラシもそこにいる。右手だけでご飯を食べていた。慣れない片手のみの動作に集中しており、周りの様子には気づいていないようだ。
ホープ「刃沼さん、今殴りかかるのはまずいですよ。ここにいるみんなを敵にまわすことになります」
「もう敵でしょうが……」
「しかし今は様子を見た方が……刃沼さん」
 刃沼はまた、先ほどの場所に戻っていく。新たなトレイを持って、先程と同じ食事係の所へ行った。
「だからな、お前に食わすものはねえんだ」
「だったら勝手に頂くよ」
 刃沼は手づかみで、そこにあったミカンに手を伸ばす。が、そこに菜箸が突き立てられる。危うく刃沼の手が突かれるところだった。
「ざけんじゃねえよ? オイ? 話聞いてっか?」
「ふ〜ん……そう」
 刃沼はその相手の目を突いた。「うがっ」と声をもらし、目を押さえて無防備になったところで、髪をつかみ、背負い投げのように投げ飛ばした。相手が起き上がろうとしたとき、刃沼が相手の喉笛目がけて菜箸を突き立てていた。
「私をいじめようとしたのかな。報復も覚悟の上で?」
 刃沼の菜箸はさらに喉に押し込まれた。
「うう……すまねぇ。すまねぇ。堪忍してくれ」
「なんだ。すぐ降参するなら、最初っからやらなきゃいいのに、さ」
 刃沼は菜箸をどかした。相手が起き上がるのを、じーっと警戒の目つきで睨む。
「そう睨むなよ。もうしねえって。オレはただ下っ端で……やらされただけなんだからよ」
「誰に?」
「…………」
「誰に?」
 刃沼は菜箸を、剣のように掲げる。貧弱な剣だ。相手は回りをキョロキョロと見回し、「回りの人たちに」と云った。刃沼は勝手にミカンやら野菜やらを盗っていった。ホープへ、持っていた食料の一部を渡した。
「え……?」
「あんたも食わせてもらえなかったんじゃないかい? ほい」投げてよこした。
「……ありがとうございます」
 デガラシのいた席を見る。
「デガラシは?」
「そこに座ってたジャージの方ですよね。もう出て行かれましたよ」
「そう」


第2節 「仲間意識」


◆909号室
刃沼「殺される、なんて喚《わめ》いていたけど、何もないじゃんか」
ホープ「今はまだ……。でも注意してくださいよ。ぼくがいたときは、そういう雰囲気だったんですから。すでにいじめの標的にはなっているようですし。ぼくも、刃沼さんも」
「誰にいじめられてるの?」
「みんなからですよ」
「そもそも殺すか殺されるかってのは、いじめの範疇《はんちゅう》か疑問だね」
デガラシ「刃沼……。いじめですか……?」
 デガラシが心配そうに会話に入ってきた。
「らしいね」
「……気をつけてくださいよ。みなさん気が立っています」
「うん」
 デガラシはそういうと、また窓辺に座って外を眺めた。最近は動きが少なくなって、あのようにぼーっとしている様子が目立つ。そういう調子のデガラシに、寝っぱなしの刃沼。だから、いつも同じ部屋にいるのに、会話はめっきり少なくなった。
「デガラシさん、元気がないんですか」
「うーん」
 遠くからデガラシが答える。
「そんなことないですよ。……ただ、今はこう、ぼーっとしたいだけです」
 そこに叫び声。
「刃沼ーッ!」
 慌ただしくヘレネーが部屋に入ってきた。刃沼はその様子を見て、ホープも慌ただしく入ってときを彷彿《ほうふつ》した。
「どうしたのホープみたいなことして」
ヘレネー「ホープ? 翻訳すると『希望』か。なにが希望なんだ?」
ホープ「ぼくの名前ですよ。ホープって云います、ヘレネーさん」
「ああ、こりゃ、初めまして。だが、そうのんびり挨拶もしてられねぇが」
刃沼「……次はどんな様子」
 刃沼は眠そうな調子で聞いた。
「地下倉庫でな、刃沼を殺せっていう集会みたいなの、やってるぞ」
「へえ、そう……。何か恨みを持たれることしたっけ?」
「さぁな。他の奴からは恨まれても、ここの生徒からは……よく分かんねえ」
「いいよ。放っておいて。ちょうどここに、みんないるし。一人にならなければ安全でしょう」
「う〜ん……」
「ホープ、あんたは何号室に泊まってる?」
「えっ、ぼくですか。ぼくはどこにも……」
「どこにもって。今までどう暮らしてきたんだ」
「部屋には泊まっていたんです。でも特定の部屋じゃなく、あっちに行っては追い出され、こっちに行っては追い出されで。今は、ええと……お亡くなりになった人の部屋を見つけて、そこに……」
「じゃあ、隣に泊まりなよ。誰もつかってない。888号室」
 ヘレネーの表情にやや影が差した。
「そこなら、もしものとき、すぐ合流できる。単独では危ないんだろ」
「恩に着ます」
ヘレネー「で……、地下倉庫の集団、いいのか何もしないで」
「集団にならなきゃ弱い人たち、という類の連中だと予想している」
「そっか」
「ヘレネーが武器の提供を止めてくれたら、なお良いんだけど」
「ああ。もうしばらく前から売ってねぇ。皆、やたら危なっかしくなってるからな」

◆或る客室
 その客室には生徒が二人いた。ふと一人が窓を見て凍りつく。化け物がこちらに向かって爪を振り下ろすところだった。勢いよく窓ガラスが割れ、四散した破片に、窓側にいた生徒がケガをする。二人で悲鳴を上げる。助けてと声を張り叫ぶ。上の階から、バタバタという足音がした。生徒の一人は、ケガと恐怖で動けないようだ。化け物の爪が襲う。何度も何度も突き刺される。その何度目かで、胴体から首が飛んだ。まだ生きているもう片方の生徒は、ショッキングな光景を前に、腰がすとんと床へ落ちてしまった。もう身動きできない。そこへ、後方の扉が勢いよく開かれた。そして、何発もの銃弾の雨が横殴りに化け物を襲った。「大丈夫か」とヘレネーが、まだ熱いサブマシンガン片手に駆け寄った。それから間もなく、色んな生徒がその部屋に集まった。そして色々のことを云う。
「ここしばらく化け物は現れなかったのに」
「今また、あちらこちらで化け物らしきものが見えたって、報告されているぞ」
「それにしても……」
 生徒の一人が、亡骸を見て、他の生徒もそちらを見た。生き残った生徒が嗚咽《おえつ》混じりに、訴えた。
「どうして、もっと早く、こなかったの?」
 ヘレネーに向けて、非難の混じった冷たい視線が向けられる。その場にいる全員から。ヘレネーは息の詰まるような心持ちがするばかりで、ただ沈黙した。
「そういえば刃沼って奴はどうした? あいつも戦えるんだろ」
「あいつは部屋で寝てるぞ」
「はぁ!? 寝てる!? こんなときにかっ!? こんなときに仲間を助けねえで、何やってんだ!?」
 一人、激怒する。
ヘレネー(助けてもらうのが当たり前――そう思い込むのが仲間意識、か……?)
 ホテル内に館内放送が流れた。
「生き残っている生徒に告ぐ。みんな大広間に集まれ。化け物がこのホテルにも、島中のいたる所にも現れた。危険だ。――繰り返す。残っている者は皆、大広間に集まれ」

◆大広間
 その館内放送とき、偶然にも刃沼とデガラシとホープは、すでに大広間にいた。しばらくして生徒達が流れ込んできた。ヘレネーの姿もある。レッドパスの姿は最後まで確認できなかった。だいたい集まったのを見計らい、大広間の扉は全て閉じられ、錠をかけられた。みんなが当惑して、慌ただしくなったとき、壇上に一人の生徒が登った。黒縁メガネをかけた目つきの悪い女子生徒で、エリモという会長代理だ。
エリモ「いたる所に化け物が現れ始めました。外に出るのは危険です。みなさんしばらく、この中で生活するようお願いします。生活に必要な物資も、運び入れてありますので。では以上」
 色々と文句が叫ばれる。「トイレはどうすんだ」、「風呂に入りたい」、「暑苦しい。いやだ」、その他諸々……
「黙りなさい!!!」
 エリモが一喝する。静まる。エリモは髪をかきあげながら、イライラしたように言葉を続ける。
「そんな悠長なことを気にしてられる場合じゃないってことくらい、分かるでしょ!? 今、我慢しないでいつ我慢するの!? 食い殺されてもいいの!? みんな協力するの! でないと……」
 そこで黙り、顔を伏せてしばらくしたのち、壇から降りた。ホープが閉められた扉の錠に触れようとする。
「触らないでッ!」
 エリモが叫ぶ。髪をさらにかき回している。先ほどから髪の毛がぼろぼろ抜けている。今だけでない、だいぶ前から繰り返している形跡があった。エリモの頭頂部は数か所、頭皮が露《あらわ》になっていた。気違い染みた剣幕に危機を察してホープは止まる。そして錠に伸ばした手を下した。
「みんなを危険にさらす気? 外に出ればどうなるか、分かってるよね?」
 エリモの目が鋭く、目つきの悪さはさらにひどくなった。そのとき向こうからガラガラガラと窓ガラスの開ける音が響いた。刃沼だった。エリモがキッと、そちらを睨んだ。「貴方ッ!」、ズカズカ踏みしめ刃沼の方へ向かう。回りの生徒は、関わり合いたくないのか、端に寄って道を空けた。
刃沼「意味がない。扉ばかりに厳重にしても」
エリモ「何ですってェ!?」
「窓ガラスがほったらかしだ。これじゃあただ割られて入ってくる」
 刃沼は眠そうな、呆れたような、そういう目で語る。
「そのときは、迎えうてばいいのよ!!」
 刃沼は、窓の外へ出る。そしてどこかへ立ち去ろうとする。
「待ちなさい! 勝手な行動はしないで!」
「……なぜかな? 自分の行動は自分で決めるもんだ。じゃあ」
「待ちなさいって! 私の話を聞きなさい!」
「あぁー。どういう云い分かな?」
「貴方が出て行ったらね、困るの。分かる? 貴方は戦力なの。貴重な戦力なの」
 エリモの話がそこで途切れたので、先を促す。
「それで?」
 エリモは肩をすくめる。そして母親が幼い子に話す感じで、云った。
「だからね。貴方がいなくなると、みんなを守る人がいなくなるの。分かる? 守る人がいないと、化け物にやられて、みんな死んじゃうの。分かる?」
「みんなを守るなんて、私は云ったかな? 一切云った覚えはないな」
 エリモはため息をつき、呆れ顔だ。
「あのね、刃沼さん。人はね、一人では生きていけないの。助けあわなきゃ、生きていけないの。だから、みんなで守り合わなきゃいけないの。私の云ってること、分かる? 分かりますか?」
「ふぅん。……私の場合には一人で生きてきた。今以上に困難な、逆境の中でも」
「それは、貴方がそう思い込んでいるだけ。どこかではみんなに支えられているはずよ。例えば、貴方の服でも武器でも、なんでもいい。それらは貴方が作った物? 違うよね? 誰かが作った物を使わせて頂いてる。一人で何でもできる人なんて、この世の中にはいないのよ?」
「人が作った物があればそれを使い、なければ自分で作るだけ。一人でも生きていけるよ。なぜなら人間一人でも、自然は仲間だからね。生かすように作られてるんだよ」
「とにかくね、一人では生きていけないの。それが本当なの。だから、貴方がみんなを守ってね。お願い」
「……。人は助け合い――そう云ったね、そちらさんは」
「エリモ。云い遅れましたけど、私はエリモね」
「そう。エリモ。忘れるまでは覚えとく」
「早くも呼び捨てね」
「それで、エリモは云った。助け合いと。私がみんなを助けても、みんなが私を助けること、あるのか? そうじゃないよ、逆だ。恩を仇で返す――。そういうものさ。責めるんじゃあないのかな」
「どうして……?」
「そういや、ついさっきもそんなんだったね」
「?」
「化け物に襲われたのを、ヘレネーが助けたんだろ。それでむしろ責められた。挙句の果てには、刃沼はなんで助けねえんだと、不平を云うものもいたとか。ちゃーんと聞こえてるよ」
「それは……」
「うん」
「それは……、貴方が助けないからよ。助けたら不満なんて云わないわ」
「そりゃ間違いだ」
「なんでッ!」
「だったらヘレネーにだって、文句は云えない」
「あ…………」
「人間なんて、そんなもの。そんなもんなんだ。自分の都合を基準に物事を組み立てる。だから私は、人を助ける気なんて、さらさらないよ。感謝されたいとは思わないけど……、助けても ただ恨みを買うなんて、相手にする価値ないと思わない?」
「う……」
「人の上に立つ人間なら、あんたにも、そういうことの1つや2つ、覚えが、あるんじゃないかな」
「でも助けないわけには……いかないじゃない! 貴方の助けはどうしても必要なの! 分かってるのよ! 貴方の射撃の腕は。それがどうしても要るの! その力を有効活用すれば、たくさんの人を死なせずに済むのよ?!」
「ふーん……。勝手にやるよ」
 エリモは一瞬戸惑って、それから怒り出した。
「勝手にやれば、ですってぇ!!」
「違う。勝手にやると云った」
 エリモはきょとんとした。感情の移り変わりの激しい様子がうかがえる。
 刃沼はさーっと走って行った。
エリモ「ああ…………(戦力が……)」
生徒「エリモさん、どうしましょうか……」
エリモ「どうする……って云われたってねえ……」


第3節 「刃沼憎悪集団」


◆大広間
ツミキ「大変です! 地下倉庫にまだ人がいて、化け物に襲われています」
エリモ「ええっ!? 分かった。 ヘレネー、デガラシ、ホープ、貴方たちも救助に行ってくださる?」
ホープ「え……なんでぼくまで」
 ヘレネーとデガラシは、一瞬戸惑ったものの、了解した。ホープはひたすらにしかめっ面をした。「嫌だ」と云えないようだった。
タコヤマ「……」
 タコヤマは疲れているのか、うつむいている。
 生徒の中で、ニタニタと笑っている者が散見される。
キヨシ(何かおかしい……)
 キヨシは己の勘に従い、嫌々ながら出ていくホープの後ろについた。

◆地下倉庫
 地下倉庫まで来た。化け物の死骸が数体転がっている。が、それだけだった。誰もいない。
ツミキ「いなくなってますねぇ……」
エリモ「どいうことかしら……ね」
 生徒達が地下倉庫に入ってくる。続々と入ってくる。何十人いるだろうか、かなりの人数だ。そして、扉が閉まられた。
ヘレネー「なんで、閉める? 用はないんだ。もう出ようぜ」
デガラシ「うっ」
ホープ「わっ」
ヘレネー「あぁ!?」
 デガラシとホープはロープで縛られた。
ヘレネー「おい、なにを――!?」
 ツミキは銃口をヘレネーの頭に当てた。
エリモ「……」
 エリモはヘレネーの服をまさぐり、拳銃を2丁取り出した。
エリモ「いるんでしょう? 刃沼? 姿を見せて」
デガラシ「え……」
エリモ「分かってないようね。もう引き金を引くだけで、ヘレネーの頭は……ポンと吹き飛ぶわよ。何なら、デガラシが先でもいいわよ……!?」
ツミキ「あの……エリモさん。僕、やっぱり殺しは……その」
エリモ「しっかりしなさいよ! アンタの銃でしょ!?」
ツミキ「すいません! でも、できそうにないんです。変わってもらえませんか、誰か他の人と……」
エリモ「あなたがやるのよ! あなたが!」
 エリモは相変わらず、髪の毛落としに熱心だった。頭皮をかきむしる爪に血が滲む。
ツミキ「ひぃッ……」
 エリモは指先を、ツミキの方へ突き出す。――その一瞬を逃さなかった。この閉じた空間全部の壁を這うように、衝撃音が轟《とどろ》いた。そして、ツミキはうめき、手元の銃は、床に落ちた。
「動かないで」
 静かだが凛とした声がはっきり聞こえた。物陰から刃沼が現れた。手には小さめのリボルバー拳銃が構えられていた。
ヘレネー「刃沼、本当にいたのか、こんなとこに」
 刃沼はその場にいる全員に注意をする。そして今、武器を手にしているのは、エリモだけだと分かった。他の生徒の背後も怪しいと感じながら。
刃沼「背中に手を伸ばしても、撃つからね」
 何人かの生徒が反応を示す。
刃沼「エリモ、銃を捨てて。でないと――」
エリモ「でないと、どうするのかしら。撃つの? 殺すの?」
刃沼「…………」
エリモ「銃を捨てるのは貴方の方よ。この状況、分かってる? 多勢に無勢。いくら貴方がそんなものを持っていても、この数の多さには意味ないの。いくら貴方が頭が悪いからって、分かるでしょ?」
 エリモは雄弁に語りながらも、その反面、顔に手に尋常じゃない汗が流れていた。
刃沼「勝ち誇るエリモに、冷や汗」
エリモ「うるさい! これは……ただ暑いだけよ。暑苦しくてこうなってるの!」
刃沼「私の射撃の腕は知っているはず。デガラシ、ヘレネー、ホープ、その三人以外は、壁際に寄って」
エリモ「命令するんじゃないの! ……貴方の腕は知ってるわ。早撃ちが得意ですってね。でも分からないの? 頭悪い。ここには40…いえ、50人近くの人がいるのよ? それらを相手にできる? できないよね」
刃沼「関係ない。たとえ相手が100人の部隊でも、私は戦う」
エリモ「負けると分かってるのに? どうしようもないバカだわ」
刃沼「銃を下して、手を上げて」
エリモ「命令するんじゃないっていったでしょ!!!」
 エリモは刃沼に向けて発砲する。飛び出す弾丸は刃沼の手前に着弾した。
エリモ「ううぅぅぅッ!」
 エリモは肩に被弾した。エリモと刃沼、双方同時に撃ったらしい。
生徒達「おい、撃ちやがったぞ」
 刃沼は、物陰から物陰へ駆け抜けて、デガラシ達の方へ進む。
生徒「向かってくるぞ! みんな武器を持て!」
 生徒達は背中に隠していた槍やらバットやらを取り出す。手製の武器もいくつか混じっているようだ。
エリモ「殺して! みんな殺してッ!!」
 半狂乱だった。男の一人がデガラシの首にナイフを突き立てた。「こいつだけでも殺すか」、デガラシが首をそらしたとき、男の頭部に弾がめり込んだ。
ヘレネー「大丈夫か!?」
 デガラシとホープが縛られたロープを、ヘレネーは掴《つか》む。二人を壁の方に引きずり移動させた。そうしているうちに、ヘレネー達のもとまで刃沼は辿り着いた。そしてヘレネーに一言云った、「ヘレネーの武器倉庫は役立った」 刃沼の懐に多くの弾丸が詰まっていた。
 ツミキの姿がない。いつしか地下倉庫の扉が開いていた。エリモは銃を乱射している。しかしその乱射は、味方側への被弾と云う悪影響ばかりだった。既に死傷者らしき人の姿も散見された。刃沼は銃を構える。
刃沼「…………」
 撃った。エリモの眉間へ。銃と身体の両方が、落ちた。
   *
 他の生徒も攻撃の手を止めた。戦意喪失かと思われた。
「やっぱり刃沼は殺さなきゃならねぇ!!」
 誰かが叫んだ。
「これまでの仲間の死を無駄にしちゃならねえ!」
「仇をとってやる!」
「化け物の黒幕を倒してやる! やるぞ!!」
ヘレネー「ちょっとまて! あんたら何を吹き込まれた!? 何を勘違いしてやがる?!」
「庇うのか?! あいつらは仲間だ!!」
「生かしちゃおけねえ!」
「おい! 悪魔は皆殺しだ! 皆殺しだ!!」
ホープ「狂い始めたのはエリモさんだけじゃなかった……」
刃沼「狂うというより、感情に流されてるのさ。それとも、大義名分が欲しいのかな。自分達のやる殺しを正当化するためにさ。放っとくと今度は多分、『正義』とか『聖戦』とか云うよ」
デガラシ「これが世に云う狂人化現象ですか……」
 デガラシが怯えながらつぶやく。ホープと一緒に縛られたロープを刃沼が切る。
刃沼「これが狂人なら珍しくもない。人間はたまにこうなる。完成度の低い未熟な知性体だよ、今の人間は」
ヘレネー「刃沼、お喋りはよせ……! 奴らの意気がまとまったらしいぞ……!」
刃沼「群集心理とマインドコントロールに侵される、人間たち……。くだらない人たち……」
 ホープは、裾を引っ張られ、敵生徒の群れに引きずり込まれた。そして槍で一突きされるところ――
ホープ「ううう……う? ぇぇ……あ……!?」
 飛び込んだ生徒がいた。その生徒はホープを突き飛ばして、刃沼のいる方に戻したが、それと引き換えに、自分の体を貫かれることになった。
ホープ「キヨシ……、なんで……」
 胸から血がボタボタ流れるキヨシは、呆けた顔で、ホープを見た。
キヨシ「ケンジ、危機一髪だったなぁ……」
ホープ「ケンジ? ぼく、ホープだよ、キヨシッ!」
キヨシ「ホープ……? ケンジは死んで、ケンジはお前だろ。ホープは生きてるじゃないか」
ホープ「え? え?」
 支離滅裂だった。
キヨシ「ケンジ、今度は死ぬんじゃないぞ……」
 キヨシは事切れた。キヨシのいる敵集団へ近づこうとするホープを刃沼が引き戻す。
ホープ「離せっ……! キヨシが!」
刃沼「もう死んでる。諦めろ」
 ホープは歯を食いしばりながら刃沼を見た。一方、あちらの生徒方は歓喜した。
「やったか」、「殺したか」、「ああ殺した」、「でも取り逃がしたな」、「みんな逃がさねえ」
 殺気漂う。槍に付いた血を舌でなめる生徒もいる。
刃沼(気持ち悪い)
 刃沼は歓喜に喚く輩をじーっと睨む。
刃沼(相手は、殺しを、喜んでいる……)
 刃沼の目から光が消えた。表情が冷たくなる――。刃沼はホープをヘレネーに押し付けた。
「みんな、この部屋から出てって」
ヘレネー「刃沼……」
刃沼「お願い」
ヘレネー「……分かった」
デガラシ「刃沼、なんで一人で――」
ホープ「ちょっと! 待ってください! 本当のことを…、事実を説明して誤解を解けば、穏和に解決できませんか!?」
刃沼「できないね。穏和じゃないもん。それにそもそも、相手方は事実を求めてはいない。むしろ自分達の行為を正当化する”誤解”の方を求めている。もうこの状況下、言葉は無意味だよ」
ホープ「でもっ! ペンは剣より強しという金言《きんげん》もあるように――」
ヘレネー「さあ、出て行くんだ。巻き添えを食わねえうちにな」
 ヘレネーは押し込むように、デガラシとホープを出口に押した。
デガラシ「刃沼、刃沼……! 死なないでくださいよ……! 生きるんですよ、刃沼! 生きなきゃ、駄目です……! 例え逃げても――」
 刃沼は振り返らない。軽く片手を上げることで応えた。――そして扉は閉ざされた。
   *
生徒「オウオウ! お前が生け贄になるから、仲間には手を出すな、ってか」
「馬鹿、見逃すかよッ! そんな甘いもんじゃねえんだ!! お前を殺して、仲間もあの世行きよ!」
「忘れたとは云わせねえぞ!! この島でオレらの親友が、どれだけ食い殺されたか!! お前をどう痛ぶっても、オレの気が済まねえ。 たくさん! たくさん! 苦しませて、てめえを八つ裂きにしてやる! もう殺してくれってな、10ぺん以上も云わせてやるくらい地獄を味あわせてから殺してやる!!!」
刃沼「さっきから、口ばっかだね、そちらさん方は。一人ひとり弱いんだ。だから屯《たむろ》してるんさ」
「なに云ってんだ、このバカ?」
「一人になってオレ達に敵わねえから、お前こそ口だけじゃあねえか?!」
「だいたい自分から一人になるなんざ、まぬけな自己犠牲野郎がすることだ」
「お前一人が苦しめば、それで済むと思ったら大間違いだ!! ああ!!?」
 銃声一発、轟《とどろ》いた。誰かに被弾したらしい。刃沼の構えた拳銃から少しの煙が漂う。
刃沼「いいから……、来なよ……」
 刃沼の目が闇に沈んでゆく……。生徒たちは、相変わらず怒号を叫ぶワンパターンな発声をしながら、刃沼にじりじりと寄ってくる。
刃沼「……、……、…………」
 大きな爆発音が1つした中で、刃沼は空薬莢を捨てて、次の弾を込め終わった。そのとき、ゆらりと数人の生徒が倒れる。刃沼は横に移動した。
「おい! おおい!」
 倒れた生徒全員の眉間に穴が開いているのを見た。誰かがうろたえ、誰かが怒鳴る。そして「やっぱりあいつは生かしちゃおけねぇ!」、相変わらず同じことを繰り返している。刃沼は常に、生徒たちを正面に構えている。生徒たちは常に、刃沼の背後をとれない形だった。そして今この瞬間も、刃沼に迫るは4人の生徒。木刀やらナタやら草刈鎌やらを持ち上げている。刃沼はリボルバー拳銃を、腰元までしか持ち上げない。通常、拳銃は目元まで持ち上げてしっかり狙わないと、まるで狙い通りにはならないものだった。刃沼はその構えのまま、銃を持っていない方の手を、撃鉄に添えて……。4人の眉間へ一斉に風穴が開いた。その一瞬間、刃沼は、引き金を引きっぱなしにしている。撃鉄を叩く――というより振動にしか見えない――、とにかくそうして、ほぼ同時に複数の銃弾を精確な狙いで撃ちこんでいる。「悪魔だ!」、「こいつが化け物だ!」、「殺せ殺せ!」なお連中は賑やかにしていた。脇と、その奥にいる二人も倒れていた。さっきの発射数は4発でなく6発だったらしい。そして弾の入れ替えも、無意識に行われている。それは慣れてしまうと車のハンドル操作にギアチェンジや加減速を考えずとも行えるようなもの。弾の入れ替えは、隙になるため、それを何とか減らそうと刃沼は心がけ繰り返した末、ここまで一瞬のうちに入れ替えられるようになった。入れ替えには、一度に全弾を交換できる工夫がなされている。
刃沼(装弾数が少なすぎる)
 一度に全弾を撃ち切るため、リボルバーの装弾数の少なさは非効率であった。
刃沼(手が痺れる)
 極度の集中状態に疲れは気づかない。痺れ、及び身体がスムーズに動かないことで自覚された。
刃沼「っ……」
 腰のあたりを矢が刺さった。誰か弓も使っているらしい。
刃沼(…………)
 刃沼は痛みの感覚を逸らした。痛みに苦しんでいる場合ではない。今すべき攻撃に集中した。そのあとも、投げられた槍は全て避けたが、矢はたまに避けられず、刃沼に刺さるものが増えていった。……
   *
刃沼「…………」
 刃沼は立ち尽くした。さっきまで騒がしかった場所は、静寂になっていた。扉が開く。ヘレネー、一人だけ入ってくる。
「終わったか? …………。また派手にやらかしたな」
 ヘレネーが歩く。室内に入るほど、ピチャピチャという足音がした。刃沼は動かない。ぼーっと、部屋中に散らばった、もう動かないものを見ていた。表情もない。臭いも酷かった。カツン、と物音立てて何か落ちた。刃沼のただれた手が、力なくだらりと下がっていた。その下へ落ちたリボルバーは、床の血溜まりを蒸発させていた。
ヘレネー「よくまぁ拳銃1つで。アサルトライフルとかを持ち込むべきだったなぁ……」
刃沼「ヘレネー…………」
ヘレネー「ん、何だ?」
「…………」
 刃沼は何も答えなかった。ヘレネーは何本か矢の刺さった刃沼の身体を見る。
 刺さった矢のうち、その大部分は、中の強化服で遮られていた。それ以外の矢は、身体の急所を極力避ける形となっていた。刃沼の傷に顔を寄せてじろじろと見るヘレネーの上から、水がぽろぽろ降ってきた。
「んー?」
 上を見ると、水の落ちる元は刃沼の目だった。(涙……か?)、目から水滴は落ちているが、表情はないままだった。嗚咽もない。ただ、水だけが目から出ている状態だった。それから糸が切れたように、刃沼の身体がだらりとヘレネーにおっ掛かった。
ヘレネー「おおい、刃沼?」
 刃沼の濡れた目蓋《まぶた》は閉じられていた。依然、反応はない。
ヘレネー(んん……。デガラシのときと同じく、精神的ショックか……?)
 ヘレネーは刃沼を抱えて、出口に向かった。
(思ったより小さくて軽いんだな。それなりに重い強化服を着込んでるはずなのにな。こいつ飯あまり食ってないだろ)


第4節 「憎しみを捨てる」


◆地下倉庫 出入口前
 刃沼を抱えたヘレネーが、地下倉庫から廊下へ出た。「うわあッ」と、出入口にいたツミキが狼狽した。倉庫内を覗いていたようだ。ツミキはガタガタと震わせながら、「ごめんなさい」、「殺さないで」と繰り返し呻《うめ》くばかりだった。「もう二度と、繰り返すんじゃねえ」、ヘレネーが云った。

◆909号室
 デガラシ達は部屋で待つ。そうするようヘレネーが云い付けた。部屋まで刃沼を運んだ。すぐにデガラシは、気絶した刃沼に気づいた。ヘレネーが抱えた刃沼を降ろす前に、デガラシが心配のあまり刃沼へ飛び掛かった。飛び掛かられたヘレネーは、よろめき後方に尻餅を付く。敷居に腰を打ちつけてヘレネーは大層痛かった。その後、ヘレネーは大まかに事情を説明をした。
   *
 それからしばらくたたないうちに、部屋の前に人だかりができた。「あんな奴、生かしといていいの?」、「むしろレッドパスより危険なんじゃね?」、そんな声がする。刃沼の方は既に回復した。が、また少し表情に影が差す。刃沼はデガラシたちに云った。
刃沼「いざというときは、また……やるから」
 部屋の前に集まる群衆が殺気立つ。部屋の扉がまた打ち壊されそうだという気配だった。そのとき意外な声が聞こえた。
????「おおい! おおい! もう止めてくれ! 駄目だ! 駄目なんだ! こんなことを繰り返しては……!!」
ホープ「誰……?」
ヘレネー「知ってる声だぞ」
刃沼「…………」
デガラシ「タコヤマさんですよね?」
 扉をはさんで、声だけで意思疎通する。
タコヤマ「そうだ! 俺だ! タコヤマだ! そこにみんないるのか?」
 デガラシが答える前に、刃沼が口を押えた。
刃沼「不必要に情報は教えない……」
タコヤマ「ああ、すまない。そう警戒するのも、仕方ない。すまん」
生徒たち「おい! タコヤマ、お前そんなんじゃなかったろ!?」
デガラシ「タコヤマさん。心境の変化ですか?」
タコヤマ「ああ、そうか。心境の変化と云えば、一言で説明できるな。そうか」
 タコヤマは自ら確認するように云った。
「とにかく、双方、俺の思いを、どうか聞いてくれ! 今のままじゃ駄目なんだ! もう殺しは、俺、嫌だよ! そうでなくとも、この先化け物を相手に、何人失うのだ!? もう嫌だ! 嫌なんだ!」
 一呼吸おいて続ける。
「俺は、間違ったやり方をしてきたのだと思う。ここ最近のことを見て、それを認める気になった。云わば、今までは対立路線だった。だが今、私たちに必要なのは、協調路線のはずだ! 憎しみを捨てる! 私たちは仲間だと、心の底から思う! それを信じるのだ! 憎しみを捨て、相手を許すんだ! 憎しみからは憎しみしか生まない。それは自滅だ! 自壊の道を、今まで進んでいる真っ最中だったんだ! 俺は、その道、引き返せると信じているぞ。確信している!」
 また一呼吸置く。もはやタコヤマ以外、誰も、口を開かず。いつもは聞こえるひそひそ声も、全くなかった。みんな耳を傾けている。
「俺は、本当の意味で、リーダーになろうと、リーダーらしくあろうと考えた。言葉だけでない! 口だけでない! 刃沼! ヘレネー! デガラシ! そして多分ホープもそこにいるな! お前達には、散々な目に遭わせてしまった。すまない……。 ヘレネーすまん! ヘルが、あそこまで悪化してしまったのも俺のせいかもしれない。色々と、俺のせいなのだ! だから……、だから! お前たちが望むなら、この命を差し出す覚悟もある……!!」
 タコヤマは扉を正面にして座った。
「頼む! 憎しみを忘れ……許してくれ! 俺を! 許してくれ! 手を取り合ってくれ! ……もう殺し合いは、無益な行為は、不毛な行為は、もう懲り懲りなのだ……っ!」
 タコヤマは土下座した。その体勢のまま頭を上げようとしない。
   *
 扉がスーッと開く。刃沼が覗き込むように出てきた。そして、タコヤマの横にしゃがみ、じーっと見ている。
タコヤマ「お前の気の済むように、やってくれ。それと、すまなかった……」
刃沼「タコヤマ。あんたを殺したら、ここいる連中が逆上する」
タコヤマ「…………」
 ヘレネーが出てきて口をはさむ。「タコヤマ。今のは演技か? それとも」
刃沼「演技じゃないよ。本心だった」
ヘレネー「なぜ分かる?」
 実の所、今のが演技かどうかなんて、刃沼にはどうでも良かった。殺し合いに嫌気を強く感じていた刃沼は、これ幸いと状況に乗った。
刃沼「…………。タコヤマ」
タコヤマ「なんだ」
刃沼「ありがとう」
タコヤマ「……なぜだ」
刃沼「今のが本心だと信じるよ。その本心に従って、生き残った人達の仲立ちをお願い。そういう役割があるんだから、あんたが死んじゃ駄目だろうね」
タコヤマ「お前達が、生かしてくれるならば」
刃沼「生きるんだよ。みんなを前進させてよ。……顔を上げて。立ち上がって」
 タコヤマはゆっくりと立ち上がった。涙は流さないが、その顔は感極まったという様子に赤くなっていた。デガラシが部屋から出て来て云う。
「タコヤマさん、これからよろしくお願いします」
 そして手を差し出す。タコヤマは差し出された手に握手する。
「すまない。すまない。一緒に、生き延びよう」
 生徒たちは、いつものようにガヤガヤと騒ぎ始めながら、その場から去って行った。大多数は満足げな笑みを浮かべている。その中にもやはり、まだ憎しみの少々混じった様子は見受けられた。


第5節 「化け物の巣」


◆ある研究室
「ようやく、素晴らしいものができた。――嗜虐性の改善。つまり『相手が苦しむのを見て楽しむ精神性』を、『相手が苦しんでいたら自分も苦しい精神性』に作り変える! これからはこの技術で、いじめっ子を始めとする加害者を撲滅させるのだ……!」

◆大広間
「島中に化け物って、あれは嘘だったんですかー!」
 ホープが素っ頓狂な声を上げた。
「すまん。ごめん」
 タコヤマが平謝りした。言い訳が続く。
「エリモに脅されてな。怖いだもん、あいつヒステリ−で」
デガラシ「なんでまたそんな嘘を」
タコヤマ「もう全て白状します。みんなを大広間に閉じ込めることで、地下倉庫でのことを知られないようした、ということらしいな、多分。あのときはエリモ仕切ってたから、俺は良く分からんかったけど」
刃沼「なんで急に、エリモとか云う奴が出てきたの?」
タコヤマ「ほら、少し前に俺とツミキはヘルにやられたろ。あれからしばらく俺たちは調子が悪くて。そこに代わってリーダー格になったのがエリモだった」
デガラシ「なるほど」
ツミキ「本当は島中に散らばってなどいないんです、化け物は。けれども、少し前に化け物の巣らしきものを発見しました。ちょっと覗いただけですが、あまりの数が、うようよ、ごちゃごちゃいて、身の毛がよだちました」
 回りの生徒は、キョロキョロと視線が落ち着かない。そしてざわざわ何かを話し合う。ツミキの発言で、よりいっそう喧騒が激しくなった様にも見える。

◆888号室
ツミキ「こんなところにいましたか! 大変です! みんなが化け物の巣に、向かいました」
刃沼「みんな仲良く殺されに?」
デガラシ「刃沼、不謹慎なこと云わないでください」
ヘレネー「勝てる見込みは?」
ツミキ「ありえません! 僕は見たんです。とても数えられるような数じゃありません。巣に火を付けて燃やすにしても、もし、全部を倒す前に壊れた部分から外に這い出てしまったら……と考えると、恐ろしいです。みんな死にますよ!」
ホープ「誰も止めなかったんですか?」
ツミキ「タコヤマさんが必死に止めようとしました。でも、みんな変なんです。暴徒……、もう、ただ、暴徒です。あのタコヤマさんを、殴って蹴って…………ううっ……」
ヘレネー「どういうことだ?」
刃沼「みんな追い詰められているらしい。一人一人の異常性が増している。さらに群衆になれば個々の異常性が肥大する。狂気は治っていなかった、ってことさ」
ヘレネー「お喋りはもういいだろ。ツミキ、巣の場所を教えてくれ」
ツミキ「はい。私が案内します」
ホープ「ツミキさん、ちょっと気になるんですが、平気なんですか? 仲間を殺されたことに。まして仲間を殺した刃沼さんと共に行動することに」
ツミキ「ああ、はい、仲間。私はそういうの、気にしませんから」
ホープ(は……?)
ヘレネー「それじゃあ、オレは武器を持てるだけ取ってくる。他にも人が欲しいな……デガラシ、ホープ、お前もオレと来い」
 二人は了承のために肯《うなず》いた。
ヘレネー「そういうわけだツミキ、お前は刃沼と先に行け。でもその前に巣の場所を教えろ」
 ツミキは場所を教えたのち、刃沼と二人で外に出た。

◆化け物の巣、手前
 一言でその場所を言い表すなら、単なる「岩山」だった。しかしそれは外から見たカモフラージュに過ぎない。入り口にはしっかりとした扉が設けられていた。内部から玄関扉の外側まで続く壁も、堅牢な作りだった。つまり化け物の巣は、人工的な構造物だった。そこに生徒達が集まり、一触即発の雰囲気をなしていた。すぐにでも突入しようとしている。
「おい! 早く行けよ!」
「早く終わらして、家に帰りてぇよ!」
「なぁ、何も今すぐ破壊しなくても良くない?」
「馬鹿こくな! 見ろ! いずれ化け物はこんな扉くらいぶち破ってくる。今、一カ所に固まっている今、まとめてやっつけるのが手っ取り早いだろ!? 合理的だろ!? 楽だろ!?」
「ウォウ! ゥオゥ! ウオゥ!」
 言葉になる言葉を発しているのは一部に過ぎない。群衆のほとんどはもう、雄叫びを上げ、闘志を燃やしているばかりだった。生物的に退化しているようにも見られる。どうみても、攻撃する雲行きが濃厚だった。
ツミキ「みなさん! 落ち着いてください!」
 ツミキの声は届かない。声はかき消される。そもそも、みんないつしか、ツミキを見下して、相手にしなくなった。
ツミキ「うるさいよ、みんな! 俺の話を聞けよッ!!!」
 その場その場でガラリと豹変するツミキ。そういうことも、もうみんな分かっていた。もはや誰も驚かないし、誰も相手にしない。
ツミキ「は、刃沼さぁん……」 困った顔を刃沼に向ける。
刃沼「あんたも一人で忙しいね」
 刃沼は群衆に向かう。
刃沼「お〜い!」
 やはり、声はかき消される。そこで――ズドン! と発砲した。群衆の一部、声が止む。……が、それだけのことで、大して時間のたたないうちにまた、賑やかな口論を開始させていた。そんなこんなで、誰かが扉を打ち破ってしまった。
ツミキ「あーーっ!!」
刃沼「なあ、あんたがた、死にに行くのか?」
 それに答えたのか分からないが、誰かが力強く訴える。
「みんなで協力し!、心を一つにできれば!、相手がどんなに多くても!、どんなに強い相手だろうと!、諦めなければ!、きっと倒せる!」
 一語一語、力んだ主張であった。
刃沼「なんでそうなる……」
 群衆の意気は増長した。
叫び「おれ達は誰にも負けない! おれたちは一人じゃない! これまで死んだ者達を忘れるな! そいつらみんなが力を貸してくれる! おれたちは、おれたち以上の、何倍もの力がその肩にかかってるんだ! 忘れるな! 負けることはないんだ!!」
 打ち破られた扉から、その奥に広がる空間が見えた。巣は巣であった。尋常じゃない数まで化け物は増殖していた。巣の実態を見て刃沼は確信する。
刃沼(あ……。駄目だね、こりゃ……。みんな、やられる……)
 向こうの壁が見えないほど多い。数だけにとどまらない。今までの化け物と違い、運動能力・戦闘能力が優れているようにも見えた。
刃沼「ツミキ、あんたの云ったとおりだよ。相手にならない」
ツミキ「そんな平然と……。何とかしてください……! あなたなら何とかできるでしょ!?」
刃沼「私は普通の人間だよ。何とかって、何ともならない。化け物が外に出ないようおさえるだけでも、いつまでもつか……」
   *
ヘレネー「おお〜い!」
 向こうから、ヘレネーたちがやってきた。大きな包みをいくつか持ってきている。
デガラシ「なぜもう突入してるんですか!?」
ツミキ「それが、ええ、ああ……」
刃沼「狂ってた」
 ホープが巣の中に向かって叫んだ。
ホープ「みなさん! いったん戻ってきてください! 武器を持ってきました! みんな、帰ってきてください!」
 刃沼は包みを開いて、何か探している。
ヘレネー「ちぃッ」
 刃沼が出入り口から離れたため、ヘレネーが代わりに、出入り口へ近づく化け物に応戦した。ヘレネーのサブマシンガンが音を立てる。
デガラシ「あの、みなさん、どこいったんでしょう?」 中をそっと覗いて、云った。
ヘレネー「ええっ? なに?」
ホープ「見当たりませんね」
 突入した生徒集団だったが、もうその姿が見当たらない。早々奥まで行ってしまったのだろうか。
刃沼「砂埃の中に死んでるよ」
 目を凝らすと、地面から舞い上がる砂埃の中に、倒れている影が散見された。
刃沼「始めから負け戦だったんだ」
 刃沼は包みから、手榴弾《しゅりゅうだん》を取り出す。刃沼たちが目を離した間に、ツミキは巣の中へ飛び込んて行った。
ヘレネー「なぁッ、刃沼! こいつらの数は尋常じゃねえぞ。無理だッ! 全然数が減らねえ!」
 いくつもの手榴弾を抱えながら刃沼が答えた。
刃沼「湧いてるんだ。どこからかね。この孤島ごと炎上させるくらいじゃないと、駄目じゃアないかな、この規模にゃア。――みんな、手伝って」
デガラシ「?」
刃沼「この岩を、この爆弾を連発させて転がしてみる。転がったところを何とかして、入り口を岩で塞ぐ」
ホープ「何とかって! 何とかどうするの!?」
デガラシ「あの、まず、転がる道筋を掘ったほうが」
 刃沼は「なるほど」と云って、機関銃を拾って連射した。岩から入口まで。
 炸裂式の弾丸だったのか、それだけで地面に窪んだ道筋ができた。
ヘレネー「おわっ。危ねえ! 何してんだっ! 遊んでる場合か!!」
刃沼「ああ。ちょっと玉転がしを、やりたい気分でね。……デガラシ、ホープ、離れて!」
 刃沼は離れたところで、手榴弾の塊から延びる紐《ひも》を、引いた。破裂音がして、岩が動く……。
刃沼(予想通り、この岩は地面に深く埋まっていなかった)
 もともと丸みをおびていた岩は、ごろりごろりと転がる。程よいところで、刃沼は次々紐を引っ張り、爆破させ、岩が立ち止まらないように調整した。ツミキと生徒数人が、何かをひきずりながら、巣の中から出てきた。
ホープ「ヘレネーさん! どけないと危ないですよー!」
ヘレネー「わ、わっ! なんだ! 岩が襲ってくるぞ!?」
デガラシ「よけてください! そこをよけて!」
 ヘレネーは脇の草むらに飛び込んだ。直後、地鳴りと共に周りの地面が揺れた。岩が入口に食い込んだ。
刃沼「見事に栓だね。巣に栓をした」
   *
ツミキ「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
 ツミキの周りには負傷した生徒が数人いた。ツミキ自身は負傷しなかったが、とても疲労している様子だった。呼吸が落ち着いたとき、刃沼たちに向かって語りかけた。
「なんで……、見殺しにするんですか……。この方たちを見てください! まだ生きてる人がけっこう残っていたんです」
デガラシ「…………」
ホープ「……」
 何も云えずうつむく。
ヘレネー「……」 ヘレネーは武器の片づけをしていた。
刃沼「殺し合いは、そういうもんだよ」
ツミキ「……!!」
 ツミキと生徒数人は怒りの表情で刃沼を睨んだ。
生徒「でも、見捨てることないでしょう!!」
「やっぱり、あなたはおかしいんです! なんで仲間を助けられないんですか!?」
刃沼「助けようとして全滅したって仕方ない」
ツミキ「僕は助け出しましたよ」
「運が良かったんだ」
「結局、貴方は自分が可愛いだけなんです。利己主義で、自己愛者の、くそ野郎なんです」
「? 私は自分のことを可愛いとも格好良いとも思っていない。生き残ることが目的だ。この命は、誰かに差し出すための命じゃない、自分のための命だ。私が命をかけるのは――」
 刃沼はデガラシたちの方をちらりと見た。
刃沼「本当に大事な人たちのみ」
生徒「結局自分たちのことしか考えていないんですね、貴方らは」
刃沼「それと大事なことを忘れている。相手を殺すなら、自分が殺されることを覚悟すること。あんたらは、それを軽く見過ぎたんだ。軽率な行動はしっぺ返しを受ける」
デガラシ「刃沼……そんなに云わなくても」
生徒「お前は、傷ついた者を、さらに傷つける気なんか!」
刃沼「失敗から学ばないくらいなら、失敗から学ばざる得ないくらい、傷ついた方がいい。今のあんたたちは、死んでいるところだったんだ。そこから学ぶこと、あるはずだよ」
 しばしの沈黙のあと、生徒の一人が云った。
生徒「ぼくは、みんなのために犠牲になるなら、本望……」
刃沼「ならば他人を責め、問い質すことはやめるんだ。自らを問う方がいい。だって自分の命と人生は、自分に責任があるんだから」
生徒「…………」

◆道
 ツミキ達がホテルへ戻る道すがら。生徒達は愚痴を云い合っておられた。
「あんなにひどいこと云うなんて、考えられない!!」
「俺たちが死んだほうが良かったのかよ?」
「こっちはケガ人なんだぞ。もっと優しく接しろよ」
「なぁ、ツミキさん、あんたもそう思うだろ?」
 ツミキがぼそっと口を開く。
「えぇ……まぁ、そうですね。でも、みなさん……。もう無茶なこと、止めてくださいよ……」
 聞いてない。
「あ、そうだ! そうだ! すっかり雰囲気に飲まれて忘れたっけどよ。俺たちを助けた命の恩人だもんな、ツミキ」
「英雄だね!」
「えぇ……それは、それは……」
 ツミキは複雑な表情をしながら、助けたときのことを思い出した――。中へ入って、数メートル走って、すでに後悔した。死ぬ、助けてと。頭の上で、刀のような爪が空を切るのを間近に見た。ツミキは泣いた。腰が抜けたと同時に転んで、地面に叩きつけられてしまう。でも、とにかく怖くて怖くて、後ろから化け物がいる感じが、ずーっと拭えなかった。とにかく前へ前へ、這い這いをした。そこで、負傷して気絶した生徒を抱えた人が来た。その負傷した生徒たちを押し付けられ、その人はまた砂埃の中へ戻って行った。そこから出口までは5メートルくらいしか離れていなかった。ここが頑張りどころだとツミキは思い、生徒を引きずって、何とかかんとか外に出た。砂埃にまみれて息苦しかった。が、その代り砂埃が姿を隠してくれた。近くを化け物が走り抜けたが、こちらに注意を向けることはなかった。外に出たとき、もうすぐで出口が閉じられるところだと知って、肝を冷やした。
ツミキ(本当は助ける気 なかった、一人で逃げ出すつもりだった、なんて云えない)

◆海岸
ホープ「ねぇ、刃沼さん。あんな云い方はないと思いますよ……」
デガラシ「あの人たち、ちょっとかわいそうでしたよ……」
ヘレネー「そうか?」
刃沼「生きたいなら生きる、死にたいなら死ねばいい。心や、身に沁みるのも、命あってこそ、だよ」
ヘレネー「優しさが毒になることだって、あるんだぜ。刃沼も、あの子らのためを思って、あえてきつく云ったんだろ?」
刃沼「ん……違うよ。他人のために、などとは、もう思わない。そういうことはやめた。さっきは、ただ単に吐きだしたいことを、吐いただけだよ。あの人たちのため、なんて、これっぽっちも思っちゃいない」
ヘレネー「へぇえ」
刃沼「だいたい、『人のために』なんて、頑張ったすえに、何が残る。ずーっとその人たちのために頑張ったあとが、憎まれ口を叩かれ、非難され、隔離され、人殺しだと云われ、……。恩は仇で返されるもんさ。人間なんて、そんなもの。そんな……もの」
 刃沼はどこか遠くを見ているような感じだった。
ヘレネー(生きる環境が違えば、そこまで人間不信になることもなかったろうな……)
ホープ「(デガラシに向かって)どうしたんです刃沼さん。何かあったんですか」
デガラシ「誰でも辛いことの一つ二つ、あるんでしょう……」
 ホープは視線をすーっと下げる。デガラシの左手があったはずの部分が視界に入る。何とも云えない気持ちになった。

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