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第6章 「崩」



第1節 「研究所突入準備」


◆100号室 朝
タコヤマ「そうか……そういうことに」
 傷の手当てをされて、包帯ぐるぐる巻きにされたタコヤマがベッドにいた。
ツミキ「ええ……」
 人が入ってきて、続けざまに話し出した。
デガラシ「おはようございます。ミカン要りますか? ビタミンCです。持ってきました」
ホープ「タコヤマさん、もう具合の方は、だいぶ良くなりましたか? 今は早めにリハビリに移った方がいいって聞きました。寝たきりのままが長いと、悪化しますよ」
ヘレネー「お……まるでミイラだな。いや、そうでもないか」
刃沼「…………ふぁぁぁ」(欠伸《あくび》)
タコヤマ「みんなは生きていたか。元気そうだな。何よりだ」
ツミキ「ええ。エリモさんのセリフではありませんが、確かにこの人たちが、今では主要戦力ですからね。貴重な方々です」
ホープ「主要戦力って……刃沼さんとヘレネーさんだけなんじゃ……」
デガラシ「わたしは体術が少し得意だったのですが、でも今じゃあ、左手を失いましたし……」
 デガラシは歪になった左手首を上げる。しばしの沈黙の中、「おい」と久しく聞いていない重く渋い声がした。
レッドパス「ここにいたのか」
ヘレネー「レッドパス! 最近またいなくなったよな。てっきり今度こそ死んだな、って」
レッドパス「俺は、戦いに負けることはあっても、戦いで死ぬことはない。ところで、人が減ったようだが、生き残った者はこれで全てか?」
タコヤマ「いや……。まだいる。これからみんな集まる。あんたも御一緒してくれれば、ありがたい」
レッドパス「そうさせてもらう」

◆カフェ
 カフェには先ほどの連中と、他に生徒が十数人集まった。
レッドパス「たったこれだけか?」
デガラシ「たくさんやられましたからね」
ホープ(そのうち何割かは刃沼さんにやられたんだけど)
 ホープはあの後、ホテルの地下倉庫を覗いたことを思い出す。地獄絵に吐き気がして口を塞ぐ。
デガラシ「いつもは大広間なのに、なぜ今日はカフェで?」
ツミキ「人が少ないので、こっちでもいいかな、と思いまして」
デガラシ「なるほど。そうですね」
レッドパス「今回集まった要件は何だ?」
タコヤマ「これからどうするかを話し合おうと思いまして。何か案が出れば良いのですが」
レッドパス「それなら俺から話がある」
タコヤマ「そうですか。では、どうぞ」
 レッドパスはその場の人々へ話しかけた。みんなは黙ってレッドパスの方をまじまじと見ている。戸惑いや怪訝、怯えがちらほら表情に混ざっていた。
レッドパス「俺はここしばらく、この島の地下にある研究施設を調べていた。化け物を作り出し、襲わせていた首謀者も見当が付いた。俺の目的は、そいつを罰することだ。施設には、脱出に使える船らしきものもある」
生徒の一人「オレたちはもう、家に帰れれば、いいんだけど」
「もういいよ。殺しなんて。あんたのいう罰するって、そういうことだろ」
レッドパス「はっきり云っておく。俺にとっては、脱出は二の次だ。悪を排除することが優先だ」
「だから、オレらには関係ないんだってば。悪を、とかそんな正義の味方は、あんただけで十分だろ? オレたちはこの島から脱出できれば、万々歳なんだよ。な?」
 その生徒は回りに同意を求める。過半数が肯《うなず》いている。
レッドパス「お前たちの要求は分かった。施設に突入して、お前たちを船に移動させよう。だが、そのためにも、施設への突入を手伝ってくれれば良い」
 生徒たちはしばらく考えたのち、
「分かった」、「島を出られるなら、いいよね」、「何か裏がないかな。あの人信用できるの?」、「まぁ、断る理由も……」
レッドパス「答えは、イエス、で良いな?」
 「ええ」、「はい」、「イエス」。生徒たちは肯《うなず》く。レッドパスは研究施設の見取り図を貼りだして、作戦会議を始めた。会議内容は面倒なので省略する。とにかく、メンバーを分散して攻めることに決まった。チームは以下の通り。
・Aチームは、タコヤマとツミキ、そして他10人。(計12人)
・Bチームは、ヘレネーとホープ、そして他3人。(計5人)
・Cチームは、刃沼とデガラシ、2人のみ。
・Dチームは、レッドパス、1人だけ。各チームにトランシーバーが渡された。研究施設から、かっぱらったものらしい。そして各自にヘレネーの武器が渡された。
ヘレネー(売り物として持って来たのにな……)

◆洞窟
 タコヤマ率いる、Aチームは、海岸沿いから通じる洞窟から、その奥へと進んだ。ある程度先に進み、曲がり角まできた。レッドパスに云われた通り、その曲がり角の、色がちょっと妙な岩を爆破した。爆破した先に人工的な空間がつながっていた。
「おい、なんだ? 今の音!?」
 研究員が気づいて、こちらに向かって来ているらしい。
タコヤマ「捕まえるー! 多くは無関係の研究員だ! 生け捕りで、殺すな!」
 タコヤマが音頭を取る。

◆民宿ずんだらの裏庭
 ヘレネー率いる、Bチーム。研究施設への入口の一つは、民宿の裏庭にある、古ぼけた小さなトタン小屋だった。中はスコップなどがある物入れになっていた。ソリをどかすと、そこに階段があった。階段を下り、狭い通路を進む。
生徒「なんか、あの赤カウボーイハットにうまく云いくるめられた気分」
「オレたちは、脱出したいと云ったつもりなんだがな」
「なんか攻め入る要員にされてるよね」
「まぁ、仕方ねえんでねーの。船を使わせてオネガイ、なんて相手方に云って、易々聞いてくれるとは思えねえしな。結局、無理やり奪うしか手はないんじゃねーの?」
ホープ「ヘレネーさん、どう思いますか? レッドパスの今回の企み」
ヘレネー「本心は分からねえけどよ。たださ、いつまでもこの島に居続けるわけにもいかねえだろ。オレは、目の前の危険は先送りにする主義さ。けど、危険に突っ込まなきゃいけないときも、わきまえてるつもりだよ」
ホープ「こういうときに雑談するものじゃないと思いますけど、もう少し話していいですか?」
ヘレネー「ああ、なんだ? 辺りを注意するのを忘れるなよ」
 ヘレネーはキョロキョロ、辺りを警戒し続けている。
ホープ「ヘレネーさんと刃沼さんて、いったい――」
ヘレネー「仲間だよ。仕事関係の。それ以上は云えねえ。ごめんな」
 短く語られ、話を切られた。
ホープ「二人とも、ただ者じゃないですよね。気になります」
ヘレネー「……。前にいた学校では、みんながオレたちのことを知っててさ、いじめに……いや、迫害って云った方がいいだろ。……駄目なんだよ。本当のことを人に云っても。人は人を傷つける。刃沼があんなふうに冷めてしまったのも、それなりのことがあったからなんだよ」
ホープ「……そうでしたか……。いや、詳しくは分かりませんが、でも、まぁ……、うん……」
ヘレネー「それでいい。分からなくても、察してくれるだけでな」
ホープ「……はい」

◆ホテルの廊下
 刃沼率いるCチーム。率いられているのはデガラシただ一人。刃沼は欠伸《あくび》をする。
刃沼(誰か噂《うわさ》してるのかな。……そんなこともないか。ただのクシャミ……じゃなかった欠伸《あくび》だった)
 目をこする。大広間の前を通るとき、窓ガラスの向こうで、手を振る人がいた。
「あの! ……あの!」 害骨だった。近づく。
刃沼「何?」
害骨「私もお供します」
デガラシ「知り合いですか?」
刃沼「散歩中にたまに出会う」
害骨「私、先ほどの作戦会議にも一緒にいました。外から聞いておりました。レッドパスさんがいなくなったあと、窓を叩いたんですが、誰も気づいてくれなくて」
刃沼「別に気にせずに入ってくればいいのに」
害骨「いや、レッドパスさんがいたので、隠れた方が身のためかなと思いまして。施設に突入するんですよね? 私も色々、お役に立てると――」
刃沼「仲間を敵に回すかもよ」
デガラシ「もしかしてこの方 研究員でしょうか?」
害骨「仲間じゃないんで」
刃沼「違うの?」
害骨「まぁ、競争相手ではありますか。だからぶっ潰してくれた方が好都合……という腹黒い考えだけじゃありませんよ!?」
デガラシ「ああ……」
害骨「研究を悪用している連中は、看過できません。とはいえ、私一人では何《なん》にもできないのです。つまりは傍観……」
デガラシ「……」
害骨「他の研究員も、分かっちゃいるけど、手を出したくない、触れたくないという有様で……。触らぬ神にたたりなしで……」
デガラシ「あなたたちのせいで何人が犠牲になったと――」
刃沼「デガラシ」 刃沼はデガラシを害骨から遠ざけた。「協力してくれるの。ありがとう。助かる」

◆ホテルの下水処理ルーム
 新たに害骨が加わった、刃沼たちCチームは、下水処理ルームへ足を運んだ。
デガラシ「ここは来たことないところですね」
害骨「私にはホテルそのものが、来たことない所です」
刃沼「だいたい一般客が立ち入られる所なんて、全体のごく一部だよ」
 下水処理ルームに、ひっそりと設けられたくぐり戸を通ると、ガラリと内装の雰囲気が変わった所に出た。
デガラシ「あなたは知っていらっしゃるんですか、施設の入り口についても色々と」
害骨「いいえ。私はずっと地下に籠《こも》りっぱなしで。あ、私の研究室は、ベンチのある海岸の近くですから。それ以外は知りません」

◆研究施設内
 Dチーム、レッドパスは、酩酊《めいてい》した研究員をテーブルに押し付け、脅していた。
「いや、だからな、あの……えぇぇぇ、その、おえっ」
「お前たちのボスは今どこにいる、と聞いているのだ」
「さささささ……ぅぅぅぅぅ、目が回る」
 レッドパスは酔っぱらいの顔を、洗面台に突き付け、冷水を浴びせた。
「ううがががごごごごっご……よよよよせせんんなわわわかったたたった」
「どこだ。云え」
「えっとえっとえっとええとと、思い出した!!! やややっとととt重いだししした。ぜぜtっと。ぜ……ごほんごほんげふん。ぜうと。ぜぜぜぜぜががはぁつ。ぶろろろぉ」
 レッドパスは水を吐かせた。
「云え」
「ぜっと……、ぶろっく……」
「Zブロック?」
「間違いなく……思い出せた。助けて」
「お前も来い」
「どどどどうして!!!?」 酔っ払いは酔いが冷めるほど叫んだ。
「もし嘘なら、もう酒の飲めないようにしてやる」
「嘘じゃない! 嘘云ってない! シェリーに誓って本当だ!」
「シェリー? 恋人の名か」
 酔っ払いは床に転がり、中身をこぼし終えた酒ビンへ目をやる。
「シェリーぃ……」


第2節 「首謀者との戦い」


◆研究施設のどこか
 刃沼たちの行く先々で、作業中の研究員さん方に出会う。でも、そのほとんど――「あら、どうも」。「見慣れない方ですね」。「そこちょっと邪魔」。「…………」――刃沼達を大して気にもとめない。興味がないと云った様子だった、研究以外は。
デガラシ「襲ってくるかと思っていました」
害骨「みんながみんな、危険人物というわけじゃありませんよ。私のように細々研究に打ち込んでいる者が大半です」
デガラシ「もう少し地上での出来事を、気にしてくれたらいいのに」
害骨「そこは……良くも悪くも、研究熱心なんですなぁ。回りが見えなくて」
デガラシ「害骨さん、この施設に船もあるそうですが」
害骨「いやぁ……考えたこともなかったです」
「とすると、知らないんですね」
「船、ええと……」 近くの研究員がつぶやく。そのとき、トランシーバーが受信した。
「こちらレッドパス。 全員、Zブロックへ集まれ。全員、Zブロックへ集まれ。繰り返す。こちらレッドパス。至急全員、Zブロックへ向かえ」
害骨「Zブロック……どこでしょう?」
刃沼「あんた何も知らないんだね」
デガラシ「少し遠いですね、ここからでは」
 デガラシは渡された見取り図のコピーを出した。そばにいるブレークタイム中の研究員が話しかける。
「ありゃ、その地図じゃあ分かりずらいでしょう」
 コンピュータを操作し、もっと詳細かつ見やすい地図を表示させる。
「印刷する?」
「ええ、お願いします!」
 デガラシは応答する。カラーで主要経路のはっきりした地図を頂いた。そしてさらに教えられる。
「思い出したんだけど、Zブロックにも船があったなぁ。船というか小形潜水艦? でも今もあるのかなぁ」

◆Zブロック
 Aチーム。
ツミキ「Zブロック……って、僕たちがいる所ですよね?」
生徒「きっと首謀者がいるんだ、一気に叩こうぜ」
「そしてすぐに脱出だ」
 トランシーバーからデガラシの声が聞こえる。
「こちらCチームです。Zブロックには船もあるそうです。この施設の人から聞きました」
 生徒たちがどよめきたつ。
「おおーっ」、「行こうぜ!」
 タコヤマが静止する。
「待て! 待て待て。ここからは敵と戦うことになる。だったら、他のチームと合流するまで待っていた方が」
生徒「そもそもチーム分けをしたのが悪いんだ!」
「みんなまとめてくりゃ、こんなことにならずにすんだのに」
「まとまってたら一網打尽にされてたかもしれねえだろ」
タコヤマ「もうすぐなんだ。……もうすぐ。堪忍してくれ。な」

◆Zブロック 別方面
 Bチーム。
ヘレネー「…………(研究員が誰もいない。嫌な予感がする)」
ホープ「ヘレネーさん、どうしたんですか? 先に進みましょうよ」
ヘレネー「ここで待っていた方が――」
生徒「なんでこんなところに」。「突然なに怖気づいてるんだ?」。
生徒「じっとしてたら、敵の餌食だろうが。もうおれ、やだよ。化け物に襲われるの待つのは」
 生徒数人が先を歩いて行った。仕方なくヘレネー達も歩き出す。

◆?ブロック 迷路
 Dチーム。
レッドパス「しまった、な」
 レッドパスは突然開いた穴に落ちて、迷路の中にいた。
レッドパス「こっちか?」
 勘を頼りに歩き出す。

◆Zブロック 大研究室
???「ヘレネー……」
 そう呼びかけた高齢の男が目の前にいた。
ホープ「あなたは確か……、うぐッ」
 男は銃のような器具を取り出し、ホープに向けた。発砲はしていない。音も光もない。なのに、ホープはうずくまり、苦しそうだ。
ヘレネー「や、やめろ!」
 男は素直に従い、止めた。ホープはすでに気絶していた。他の生徒たちは、怒るでもなく、戸惑いの表情を浮かべていた。
ヘレネー「本当にあんたなのか?」
「……」
「答えろよ、おい。今まで化け物を作り、襲わせた奴。それは本当に、あんたなのか……?」

◆迷路
レッドパス「参った。さっぱり出口が分からん。――おい?」
 曲がり角に、見知った顔の者がいた。
「ああっ、レッドパスちゃん!」
「おばちゃん、なんでここにいる?」
 民宿ずんだらのおばちゃんだった。
「助けにきたんだよ。レッドパスちゃん、出口、分からないだろ? あんたが落ちたのが見えてさ、私も追いかけたんだけど、どこでどう間違ったのかね、今まで全然会わないんだわ」
「出口を、知っているのか?」
「ついて来な」

◆Zブロック Aチーム。
タコヤマ「すでに他のチームが戦ってるぞ!!」
 タコヤマは響く物音で、そう判断した。
タコヤマ「みんな、突撃ーッ!」
 なだれこむように奥へ入った。しばらく進んだところで、後方から悲鳴が。落とし穴だ。そして穴の中は無数の槍が上を向いていた。
タコヤマ「俺が通ったときには落ちなかったのに……なぜだ!?」
 穴の中で呻《うめ》く生徒たち数人。出血が激しい。
「ヒロシ! ……今、楽にしてやるかな」
 生徒の一人が、銃を向ける。ヒロシと云われた生徒は、驚きと恐怖の表情をしたが、その後、肯《うなず》いた。何度が撃ちこまれ息絶えた。ヒロシ以外はもう意識はない。ヒロシを絶命させた生徒はしゃがみ込み静かに泣いていた。タコヤマ達はその場で立ち尽くし、もう先へ進むことはなかった。

◆Zブロック 上
 刃沼たちは、下からの悲鳴を聞いた。
害骨「やっぱり、上に来過ぎたんですよ。下です。下です」
刃沼「そんなこと分かってるけどさ! どう行くの!」
デガラシ「いっそのこと、敵の上方からの狙撃、というのはどうです?」
刃沼「うん、それがいい。そうしよう」

◆迷路 出口
「あいよ!」
「おばちゃん、感謝する」
「気ぃつけてな!」
 レッドパスは迷路を脱出した。急いでZブロックへ駆ける。

◆Zブロック 大研究室
 Bチーム
ヘレネー「うううぅ。仕方ねえ。撃つぞ」
 敵となった男に、ヘレネーはサブマシンガンで撃つ。男は無言で倒れた。ヘレネーが少し近づいて、問うた。
「なんでなんだ、平兵衛《へいべえ》先生……! あんた、生徒を軽んずる奴じゃなかったろ?」
平兵衛「…………ヘレネー、ワシは元から、そうだったんだよ」
 銃声がして、ヘレネーの足が撃たれる。倒れる。
「なん、でだ……」
 平兵衛《へいべえ》の両手は素手だった。銃などどこにも持っていない。そして周囲を見回しても、銃口がこちらを狙っている様子はない。確かに目の前の平兵衛から、銃弾が飛んできた。
「そう、ワシは元から、そういう人間だったのだ」
 平兵衛の膝頭という意外な所から、銃口が伸びていた。
生徒「義足だ! 銃を義足に改造したんだ」
生徒「何してる! 撃つんだ!」
生徒「いや駄目だ。ヘレネーに当たる」
 平兵衛は立ち上がる。ボロボロになった上着を取っ払うと、金属質で覆われた身体が露《あらわ》になった。そして奥の方へ去っていった。


第3節 「決戦」


◆Zブロック 開発ルーム
 ヘレネーと気絶したホープを残し、生徒たちは突き進む。平兵衛を追いかけ、さらに奥の、開発ルームに入った。進んだ先に平兵衛がいた。姿を確認してすぐさま銃口を向ける。が、ホープを気絶させた、あの妙な銃を向けられ、皆、地面に落ちる。「熱いぃぃ!」、「痛い痛い痛い」
平兵衛「我が学校の生徒達だった者。いきなり襲うのではない。話し合おう」
「よく云う! アンタが先に襲った癖によ!」
「そうだったか……? すまんな。忘れた」
「いったいこれは……」
 ダメージから回復した生徒がつぶやく。
「これか? 謎の武器だろうな、お前たちからしたら。ここでお前たちの洞察力を試そう。これは何だと思う? どういう仕組みだと思う? 推測してみよ」
 平兵衛は銃のような器具を掲げて云った。
「そんなことどうでもいい! ただとっちめるだけだ!」
 一人の生徒が、平兵衛に向かっていく。手にはナイフを構えている。
平兵衛「アイヨッ!」 謎の武器の銃口を向ける。
生徒「うぅぅわああぁぁ」
 その生徒は悲鳴ともに目を押さえ、床に転げまわった。
平兵衛「かなりの出力も出るな。なかなかだ」
生徒の一人「もしかしてレーザー? 不可視レーザーとか、そんなの」
平兵衛「おっ。ようやく回答が出たな。それもいい線だ。ほとんど正解だ。もっと正解に近づけられないか? いいや、もっと広い意味で、と云った方が良いか」
「見えない光か」
平兵衛「もっと広げるのだ」
「電磁波……ですね?」
「そうだ、正解だ」
「あの……良く分からない」 別の生徒が云う。
平兵衛「理科をやらないのかね? 君は」
「理数系が苦手で」
平兵衛「そういうときは簡単な例え話が有効だろう。つまり身近なものに例えると……まぁ、電子レンジだな。だから無理やり名付けて、これは電子レンジ銃だ。放つのはマイクロ波だけとは限らないが。さっき、実用実験という名目で借りてきた」
「実用実験って……オレたちでか」
「効果は抜群だった。ただ欠点は……」
 平兵衛が背後に視線を送る。電子レンジ銃からケーブルがのびている。
「携行に向かないと云うことだ。バッテリーではすぐなくなってしまう。だがバッテリーの開発は追いつかなくてなぁ……。お前たちの持っている最新型携帯電話機も、すぐバッテリー切れを起こすだろう? この……電子レンジ銃はな、……よぃと」
 平兵衛はケーブルを引っこ抜いた。
「これで内臓バッテリーに切り替わる」
 平兵衛は生徒たちに近づく。生徒たちは警戒する。平兵衛が床に電子レンジ銃を置いて、生徒の方に滑らせてよこした。
「使ってみてくれ。お前たちの参考意見も聞きたい」
生徒「(他の生徒に向かって)よせ! 罠かも。何か仕掛けがしてあるかもしれないぞ。自爆するよう施されていたり……?」
平兵衛「よっこいしょ」
 平兵衛が上質な皮イスに腰かけた。
   *
平兵衛(相手の戦意は穏やかになったな。このまま会話を続けよう)
平兵衛「ところで少し前に、化け物の巣を攻め込んだらしいな」
「あんたらにとって何か不都合か?」
「いや、好都合だ。それはまぁ、いい。それで、そのときのみんな、変わりなかったか?」
「みんな化け物に殺されたのに、変わりなかった、ってか!?」
「違う違う。落ちつけ。冷静になれ。そうじゃない。その死ぬ前だ。なんで攻撃を仕掛けようと判断した? そのあたりの時期に、皆に変化はなかったか? たとえば、以前より、仲間割れがほとんどなくなったとか。優しくなったとか」
「ん……。タコヤマくらいかな。変わったのは」
「そいつをいじったのは大分前で、今回じゃないな……」
「何を云っている?」
「いやな、嗜虐性の改善を何人かの生徒に試したから、術後の変化を聞きたかったのだ。こちらで見たところでは、分からないほどの変化らしいからな」
「…………?」
「『相手が苦しむのを見て楽しむ精神性』を、『相手が苦しんでいたら自分も苦しい精神性』に変える、という改造実験だったのだが……、効果が芳しくない。観察して実感するほどの変化がなかったのだ。自信があっただけに残念だ」
「もしかして……あんた、オレ達の……身体を改造したってことか!?」
 生徒たちがどよめきたつ。
「そう驚くことでもないだろう? お前たちは自分の体に異常を感じたか? 気づきもしないだろう。……それに、実験したのはまだごく一部だ。お前たちの中には、身体をいじくられたものはあまりいないだろう」
「あんたは勝手に……。人の体をなんだと思ってるんだッ!?」
「被検体だ」
「あぁっ……!?」
「そのためにお前たちをこの島に連れてきた。被検体がたくさん要るのだ。ほとんど失敗作になったがね」
「ええ……?」 生徒は当惑している。
「もう分かっていると思うが、その失敗作こそ、お前たちが化け物と呼ぶものだ。化け物というより、不良品と呼ぶ方が、合っているのだがな」
「…………!!?」
 生徒たちは衝撃を受ける。
「……? まさか今まで、そんなことも気付かず、考えず、化け物と接していたのか? 見て分かるだろう。あれが人間の形に近いことは。なんで分からんのだ?」
 生徒たちはうなだれ、茫然《ぼうぜん》としている。平兵衛は話を続ける。
「そうだ。化け物の全てが元人間という訳ではないぞ。研究の副産物として、あの失敗作は人以外からも作れるようになった。……それだけ失敗の副産物は多いということだな」
 生徒たちは、過去を思い起こす。いなくなった生徒の姿と、これまで見てきた化け物の姿を重ねる。だが、重ねても、どうも歪で、別次元のものという感じが否めなかった。


第4節 「決戦2」


◆Zブロック 開発室
 ヘレネーが飛び込んでくる。ホープも来た。
「みんな、どけッ! そいつから離れろ!」
 ヘレネーはうなだれる生徒に向かって云った。
平兵衛「今、話し中だ。暴力は控えて頂きたいな、ヘレネー」
ヘレネー「あんたが云えるセリフか?」 ヘレネーは進む。
平兵衛「……そうだ! ヘレネー、ちょっと待ってろ」 平兵衛は小部屋に入っていく。
ヘレネー「逃がすか、この」 ヘレネーは追いかける。そこには……一回り大型の化け物がいた。
平兵衛「……はいよ。起動OK。動くぞ」
ヘレネー「ちぃッ……。やっぱり化け物を用意してたな」
平兵衛「ん? お前たちの云う化け物、つまり不良品は、もう全部捨てたぞ。お前たちが巣と云う場所へな。こいつは失敗作じゃない。未完成品だ。だが、お前たちが束になっても敵わない程度には出来上がっている。今日はお前たちで、動作テストを行ってほしい」
 平兵衛は大型の化け物に向かって、単語で区切った命令を出す。
「バイケン! 前にいる、白髪 長髪の女、ヘレネー、レベル1で、戦闘」
 バイケンと呼ばれたその大型の化け物は、ヘレネーに目を動かす。
バイケン「・・・了解。ターゲットを判別しました。戦闘スタンバイ中・・・」
平兵衛「戦闘開始」
バイケン「・・・OK・・・」
 バイケンが跳躍で、ヘレネーに襲ってきた。
ヘレネー「なんてジャンプ力だ……。カエルか、ありゃ」
 ヘレネーはサブマシンガンを連射する。だが、弾は弾かれている。
平兵衛「無駄だ、無駄。ワシの装甲すら撃ち抜けんのだ。バイケンの装甲では、歯も立たんだろ。ヘレネー、別の攻撃手段だ。色々試せ」
ヘレネー「(小声で)おい、ホープ、何かないか?」
ホープ「(小声で)えーっ。ヘレネーさんもう、やり尽くしたんですか?」
「オレはあと、ナイフと手榴弾しかない。だが手榴弾を投げると嫌な予感がする。投げた手榴弾が、仲間のいる方に弾かれそうだ。……そうだ、お前! お前の持つ、その狙撃銃に詰め込んだのは、確か徹甲弾《てっこうだん》だ。撃ってみろ。奴の装甲すら貫通するかもしれねえ」
ホープ「ぅぅううう……」
 ホープは情けない顔とうめき声をしながら、バイケンの胴体ど真ん中を狙う。バイケンはこちらをじーっと見ている。
平兵衛「バイケン、一度被弾 してみろ」
バイケン「・・・OK・・・」
 バイケンは仁王立ちになる。ホープが撃つ!
ヘレネー「うわッ!」
 徹甲弾はバイケンの中央に浅い傷を作った。そして一部砕けた跳弾がヘレネーの至近距離を通過したらしい。平兵衛は手を顎に当てて、思いついたように語る。
「そういえばヘレネー、……あ、ちょっと待て。バイケン! 一時停止」
「・・・了解・・・停止中・・・」
 平兵衛が何ごともなかったように話を続ける。
「そういえばヘレネーよ、お前の仲間に人間離れした奴がいたろう? 是非、そいつを研究したいものだ。実はな、ワシは強い生物を作りたいのだ。このバイケンはその途上だ」
ヘレネー「刃沼か。あいつを調べてどうする。射撃の腕くらいだぞ。そんなら初めから機械の方が上だろ?」
平兵衛「何、射撃の腕? 初耳だな……。いや、人違いかな。ワシが云ってるのは、常人を超えた怪力を持つ者だぞ」
ホープ「レッドパスさんの方ですか」
平兵衛「そうだ、そんな感じの名前だったな」
ヘレネー「オレの仲間じゃないぞ……」
平兵衛「あいつは強い。とても強い。とても人間とは思えない。だからこそ、調べがいがあるというものだ」
ホープ「もうその化け物を作ったから、いいじゃないですか……」
「バイケンだ。化け物じゃない、バイケンだ。とりあえずは戦わせてみたいと思っている」

◆開発室 バイケンvsレッドパス
 ホープの背後の暗闇から、1人出てきた。
レッドパス「……」
平兵衛「ほお……、出来過ぎた巡り会わせだ」
 レッドパスは何も云わないまま、バイケンのほうへ突っ込んで行った。肩から相手を突き上げるように激突し、吹っ飛ばす。ショルダーアタックだ! バイケンの巨体が、天井付近まで放り上げられ、向こうの壁に激突し、ガレキとともに埋まった。
レッドパス「お前の望み通り、片づけてやった。――首謀者はお前か。みんなを帰したい。船のある場所まで案内しろ」
 平兵衛は観察するようにじろじろとレッドパスを見る。
平兵衛「あんたが、そうか。ワシの想像以上だ。停止させていたとはいえ、バイケンの合計重量は1トン近くはあるはずだな、それを」
 平兵衛は辺りを観察する。
「ふうむ。5メートル以上ってところか。そのくらい吹っ飛ばした。すごいもんだ。あんた、熊と象のハーフとかか?」
「俺は、船に案内しろ、と云ったのだ」
 レッドパスはガレキをつかみ、平兵衛のすぐそばで、握力によってそれを破裂させた。
「ああ、何が云いたいかは分かっとるよ。あんたの力では、ワシの装甲は耐えられないだろうなぁ……」
「…………」
「だが、バイケンの装甲は、耐えてしまうな。見ろ――バイケン! 戦闘開始。ターゲットはメモリ1−RP。レベル3・フルパワー」
 バイケンの埋まったガレキがガタガタ動き出す。
平兵衛「ではレッドパスさん、バイケンを止められるのはあんたしかいない」
 レッドパスは平兵衛の胸ぐらをつかむ。
レッドパス「あんたを人質に取ることもできる」
平兵衛「そうだなァ。だがどうする? ワシの死亡後は、他の研究者にあとを頼むだけだ。とくに何の問題もないぞ?」
レッドパス「あの化け物を止めなければ、お前を殺す、と云っているのだ」
平兵衛「まぁ、それはそれは……構わんが」
レッドパス「何?」
平兵衛「あんたとバイケンの戦いを見たかったが、惜しいなァ。戦いが終わってからじゃだめか? あんたが、ど〜〜しても、というなら、それもまぁ仕方ないが」
 レッドパスはバイケンの襲ってくる方へ、平兵衛を放り投げた。バイケンが平兵衛を踏みつぶそうとしたとき、
平兵衛「がんばれよ」
 バイケンは、ややバランスを崩しながらも、平兵衛を飛び越えた。
   *
 レッドパスが先手の攻撃。バイケンに向かい、重い一撃を叩き込む。が、その一瞬で、バイケンは防御態勢をとり、レッドパスの一撃の衝撃は、交差した腕から胴体、しっかり構えた足へと受け流された。レッドパスの拳は、弾丸のようにバイケンの装甲に着弾するが、そこからさらにねじ込む。バイケンの腕の装甲が歪み、割れた。バイケンは交差した腕を、大きく外へ、勢いよく広げた。レッドパスの身体が弾かれた。弾かれたレッドパスは近くの棚に激突した。互いの一撃一撃は、もはや人間の拳や蹴りではなかった。一撃ごとに爆風を受けるようなもの。人の身体など軽々と吹っ飛んでしまう。
レッドパス「うう…、む……」 レッドパスは動かなくなった。
平兵衛「レベル3の前には、レッドパスですら、一撃でこんなものか。たいしたことなかったな。まぁ仕方あるまい。生身の人間だという基準で考えれば、とうにそれを超えた身体能力だ。素直に凄いと褒め讃えよう」
ホープ「あぁ……」
ヘレネー(こりゃ……勝てねえな………。なんとか隙を見て逃げるしか……)


第5節 「決戦3」


◆Zブロック、屋根。
害骨「あのう……、屋根に出てしまいましたが」
デガラシ「いいんでしょうか、こっちで」
刃沼「当てがないときは直観頼り」
 ガラス張りになっている所を見つけ、デガラシが覗く。
デガラシ「んーー。あっ、大変です。なんでしょう、強そうな化け物が。ああっ、レッドパスさん、やられたみたいです」
害骨「これはピンチというヤツですかな? 私はどうも、この状況を見ますと、ハリウッド映画のクライマックスを連想してしまいまして。いや失礼、不謹慎でしたな」
 刃沼はライフルに、カラフルな色の弾丸を詰めていた。
デガラシ「えっ……、良く見ると、敵対しているのは、平兵衛先生じゃないですか!? ……どうしましょうか」
刃沼「へーべー」
 適当に答えながら、刃沼はガラスを、ライフルの取っ手部分で打ち砕いた。そして化け物に向かって、撃ちこむ。ロープを取り出し、その一端を「持って。二人で引っ張って」二人に渡した。

◆Z 開発室
ヘレネー「……刃沼たち、あんなところにいたのか」 頭上を見る。
平兵衛「そういえば、あんな奴もいたなぁ。バイケン? なんだこりゃ。べとべと汚してくれる」
 バイケンの身体はいつのまにか、粘性の液体で濡れていた。ロープをするすると伝って、刃沼が下りてきた。
刃沼「ただの液体のりだよ」
 刃沼は銃で部屋のいたるところに乱射する。が、誰にも被弾しなかった。
平兵衛「下手くそだな。全然当たりゃしないぞ。早撃ちの名手と聞いたが、早いだけで当たらなきゃ、素人同然だな。数撃ちゃ当たると思っている」
刃沼「下手な奴でも、威嚇には使えるよ」
 刃沼は銃口を平兵衛に構える。
平兵衛「撃ってみろ」
刃沼「知っている。あんたに普通の銃弾が効かないことを」
平兵衛「もちろん、液体のり弾も効かないぞ。徹甲弾であっても、ダムダム弾でもあっても」
 刃沼は構えるのをやめて、ライフルを杖のように床に付けて、身体を支えた。
刃沼「う〜〜んと、あんた誰だっけ。見たことある。見たことる顔だけど……どこで見たっけ。テレビの人?」
平兵衛「あんたん所の教師をやっとる平兵衛と申すもんです。という自己紹介が必要か?」
「ああ……なるほど」
「それとも、こう話し込んで時間稼ぎをしようっていう腹か? 無駄だがな」
「ああ。無駄だろうね。こっちには戦う手段がもうないんだもの」
平兵衛(……何か企んでいる。何だ?)
刃沼「そういうわけで、戦いはひとまず諦めた。あんたとぺちゃくちゃ、お喋りをして、どういう考えがあるか、知りたい」
平兵衛「ワシは別に、考えを話す気は――」
 刃沼は座り込む。そしてバイケンを見る。
刃沼「ずいぶん凄いものを作ったねぇ。知性はどれほど?」
平兵衛「いや、無い。知性は通常の家庭用コンピュータとそう大差はない。先ほど、会話しているようにも見えたかもしれないが、あれは音声認識で特定の命令に反応するだけだ。ワシと、それと研究員数人の声に反応する。ワシの命令が優先されるがな」
刃沼「色々、教えてくれるよう」
平兵衛「そんなこともない。重要部分は秘密だが、それ以外の部分も多いのだ」
 平兵衛は話しながらゆっくり歩いて行き、皮イスに座り込んだ。
刃沼「これから、どうするの?」
平兵衛「これからのために、今があるのだ。このバイケンを作った訳は分かるかね? たくさんの失敗作を生み出してきた訳が分かるかね?」
刃沼「生物兵器、とか?」
平兵衛「うーん……まぁ、カテゴリーとしてはそれに入らなくもないか」

 話に割り込み、訴えるヘレネー。
ヘレネー「平兵衛先生よ、あんたが何を企んでいるかは知らねえ。だがな、それは、あんたの生徒を、犠牲にし……、殺し……、苦しませ……、そこまでするもんの価値があるのかねえ。そうは思えねぇよ」
 上方からも訴える。
デガラシ「兵器のようなものとおっしゃいましたが、戦争でも起こす気ですか? 武力で何とかしようとして、失敗した歴史の積み重ねじゃないですか、人間は。また同じ過ちを繰り返そうとするのですか、平兵衛先生! 暴力は……、殺戮は……、何も生みません。不毛です。滅ぶばかりです……! もう、嫌じゃありませんか……」
生徒「デガラシさんの云う通りだ。争いは、何も生まねえよ。なぁ、先生。止めようや」
害骨「ええ、はい。同意見です。私もそう思いますです」
 害骨は蛇足を加える感じで云った。
刃沼「……だってさ。分かりやすく云えば、戦争反対! 暴力反対〜ってところで――平兵衛さん、どう考える?」
平兵衛「ああ。ああ。お前たちの気持ちは、よ〜く、理解した」
ホープ「理解してるわけありません!! 理解できるのなら、最初からやらないでください! 貴方は何も分かってない!! 人の命を! 人の死を! その重さを!」
平兵衛「皆、しばらく口を止め、ワシに話をさせてくれ。まず、ホープだったかな? 命が重いと云ったな。だが重くても、善悪は違うのだよ。命が重くても、凶悪な奴は、生きるよりも死ぬ方が、意味あるときもある」
ホープ「ぼくは違うと思います……。死んでいい人間なんて、いないと……思ってます」
平兵衛「それは一部人間の願い、だろうな。現実には、死刑制度がある。それは、生かすより殺した方が、良し、とする者の、少なくないことを表わしているのだろう。ワシの認識だ。少なくともワシが、その一人だ。おそらく……そこの伸びているレッドパス、そいつもそうだろう。噂《うわさ》は聞いているよ。それと或は勘だが、刃沼、そしてヘレネー、お前たちもそうだろ」
 刃沼とヘレネーは沈黙している。
平兵衛「少なくない人間が、理想で語れない人間の愚かさを、嫌と云うほど、身をもって体験したはずだ。ワシもさ」
 平兵衛は上を見た。デガラシと視線が合う。
デガラシ「……!」
平兵衛「名は忘れたが、お前。この世の中で、その純粋すぎる目は、貴重だな。天然記念物もんだぞ」
デガラシ「わたしはデガラシという名前です。天然記念物なんかにしないでください」
平兵衛「お前…いやデガラシ、と刃沼は、親しいらしいな。それが不思議だ。なぜ、お前たちのような両極端な者が、気が合い、うまくやっていけるのか? 性格の不一致、甚だしいはずだが」
デガラシ「そんなの簡単です。刃沼を信頼してますから」
刃沼「デガラシは、裏表がないからね。人間不信な私にはちょうど良かった」
平兵衛「ふむ。……ああ、いつのまにか、話が脱線していたな。ええと、お前たちが化け物で殺された、と。それはワシが間接的に殺した、と云ってもいいだろ」
ヘレネー「ああ」 怒りのこもった返事だった。
平兵衛「そしてお前たちは、滅ぶだけの行為だ、そこまで価値はない、と、そう云いたいのだな?」
ヘレネー「ああ」
平兵衛「土台から、認識が違う」
ヘレネー「なに?」
「ワシはな、滅ぶのを、良しとしとるんだ」
「……」
「云おう云おうと思って、云いそびれちまったが、ワシの目的はな、『人間を滅ぼすこと』、だ」
「……」
刃沼「何か、嫌なことでもあったの?」
「ある。色々ある。だが、こうこう、こういう事件がきっかけで、この人間はこうなりました、という分かりやすい理由はないな。いじめもあったし、悪口もあった、近年では殺戮もよく見かけるな。だが1つ1つは取るに足らないことなのだ。この世界を見限ったのは、人間の愚かさが、悪が嫌になったからだ。そしてここをよく注意して聞いて頂きたいんだがな、ワシがそう心底失望するようになったのに、何かキッカケとなる出来事とかは、ないんだ、ってことだ。今までの人生全て、幼き日から、今日にいたるまでに、観察してきた、その全てを勘案して、出来上がったもの……それが今の絶望なんだ。ワシは今、70くらいの、棺桶に片足突っ込んでる歳だが、最近の異常と云われる少年犯罪についても、ワシ、納得すること多いよ。ワシですら、この絶望を、言葉にはっきり説明することができない。一言『閉塞感』と云って伝わるもんでもない。でも、ときに、いじめのせいにされたり、貧乏のせいにされたり、育ちのせいにされたり、……まぁ見事なまでに、本質を見続けることは困難で、分かりやすい理由に落ちちまう。……で、理由をごまかしたままだから、また同じことが起きちまう。犯罪のことだけじゃないぞ。その原因となる、人間の悪が、ごまかし、ほったらかしだからだ」
デガラシ「だから滅ぼそうと? 人間を全てまとめてですか!?」
平兵衛「細かいやり方は、おいおい考えるとして、まずは殺人マシンを作ることにしたんだ」
刃沼「細菌兵器とかのほうが手っ取り早いんじゃ?」
ホープ「ちょっと、刃沼さん……!?」
平兵衛「ワシはちょうど、人体の強化を研究していて、その技術を使いたかった。だから始めから、方法はそれしか、視野にない」
 その部屋の中で、地響きがした。重い、ドドドドという音が。見ると、レッドパスがバイケン目がけて、一直線に走り抜けた。

 激突音のあと、大きなノイズのような音がした。レッドパスはバイケンへ突進し、奥へと押しやった。それからすぐさまレッドパスは後退した。今、バイケンの身体が内部から発火し、煙を出し、焦げ臭い匂いを発している。
平兵衛「アぁ……ぁ、こりゃひどい。駄目だぞ、こりゃ……」
ヘレネー「いったい……」
刃沼「レッドパスは、私のやりたいことが分かったようだね」
レッドパス「ああ。礼を云う」
ホープ「……?」
デガラシ「刃沼、どういうことですか」
刃沼「さっき、私が乱射したとき」
デガラシ「……?」
刃沼「あのとき狙ったのは、後ろの電気配線さ。照明とかが消えると怪しまれるかなと思って、分配されて機械につながっているものだけを狙った。そうして、その前には、乾きにくい導電性の液体を弾丸に詰めて、あのバイケンとかいう化け物にぶちまけた。次にあっちまで押してやれば良かったのだけど……岩転がしのように、手榴弾をまとめて爆破、で吹っ飛ばすやり方は、ここじゃあ味方に被害が及ぶからね。かといって、レッドパスに目配せしようと思ったら、気絶してるもんね……」
ヘレネー「なるほど。そういうことだったのか。しかし、なんでよ、電気が弱点だって分かった?」
刃沼「いいや。分からなかったね。とにかく試してみようと思った。それとさ、今までの見た化け物は、身体が溶けてたし、通電しそうだなと思った」
ホープ「勝てる確証はなかったんですね」
「最後の最後には大体、確証なんて、なくなってしまうもの。あとは直観だけだよ」


第6節 「決戦4」


レッドパス「おい、最後に云い残すことはあるか……?」
 レッドパスは平兵衛の頭部をつかみ、持ち上げている。……潰すところだ。
刃沼「ちょっと待った! 待って!」
「なんだ? 生かしてはおけんぞ」
「船の場所まで案内してもらうの、忘れてない? それに、個人的に聞きたいことも、たくさんある。それまで生かして。殺すのはいつでもできるでしょう? でも生き返らせることはできない」
「分かった」
 レッドパスはロープを取り出した。平兵衛の両手首を、背中に回して、結びつけた。ロープのもう一方は、レッドパスの片手にくくりつけた。
平兵衛「痛い、痛いぞ、こら。お前、きつく結び過ぎなんだ。自分の怪力を分かってるのか!? 他の者には脅威なんだぞ。おい、おい。おい。おーい。どうかゆるめて。痛くてかなわん。痛くて痛くて、多分、止血してるぞ、これ。おーい。お〜〜〜い。ごめん。謝罪会見でも何でも、気の済むことしてやるから。土下座すれば納得するのか? 痛……あぁ、もう感覚が麻痺してきた……。手の皮が厚くなってる」
レッドパス「喚《わめ》くな。お前のその強化された身体なら大丈夫だ。どちらにしろ、お前はすぐに死ぬのだ。気にするな」
ヘレネー「平兵衛先生、船はどこにある? オレたちが脱出できるような船」
「痛……くない。痛く、なくなってきた。腕が無い、手がない! ワシの手、もう亡くなってるんじゃないか?」
刃沼「お〜い、船だってば」
「ふね。違う。潜水艦のことだな。昔あった。なんでワシに聞く。他の者が知ってるぞ」
レッドパス「いいから案内しろ」
刃沼「いや、いい。もういいや。他の人が知ってるなら、他から聞いた方がいいよ。その人苦し紛れに罠に誘い込むかもしれないし」
ヘレネー「確かにな。どっちにしろ知らなくても、この施設をしらみつぶしに探せばいいこったもんな」
レッドパス「分かった。他の者はそうしてくれ。俺は、この輩と刃沼が話し終わるのを待つ」
   *
 船か潜水艦か、とにかく脱出できるものを探すため、みんなはどこかへ立ち去った。残ったのは、刃沼とレッドパスと平兵衛と、そしてデガラシと害骨。デガラシたちはすでに屋根から下に降りている。
刃沼「デガラシ、行かないの?」
「なんとなくです。ここにいます」
 害骨は、この部屋の中を興味深く、見学していた。
「いやぁ〜、すごいですね。行った行為はともかく、研究成果は立派なものです。この研究所にこんな方がおられたとは感激ですなぁ〜」
 レッドパスは平兵衛から離れず、手にはロープを持ち、目を閉じて瞑想《めいそう》している。
平兵衛「冥途のみやげ話をするのか? 刃沼さんよ」
刃沼「もっと良い案があったから、話したくて、ね」
「もっと良い案?」
「そのために基本的なことから順に聞いていくから」
「……」
「人間を、憎んでいる? 人間社会を、世界を」
「ああ、滅べばいいと思ってるよ。世界までではないな。あくまで今の人間社会と、人間、だな」
「悪の原因は、人間?」
「そうだ。――ああ、あんたのやりたいことが薄々感じ取れたよ。ワシの考えを整理してくれとるわけだな。続けてくれ」
「悪は、人間そのもの? 全部? つまり、えっと……たとえば、人間の髪の毛は、悪?」
「ん……ちょっと難しい質問に入ったな。んー。髪の毛か……。たしかにそれをロープ状にして、絞め殺すことはできるかもしれん。が、それは道具でしかない。道具そのものが悪ではないだろう。――人間に関係するもの全部は、悪とは断定できない、それが答えだ」
「うん。私の考えと同じ。私にはこういう思想がある。『モノ自体に善悪はない、その扱い方に善悪が生じる』」
「そうだな。人間は例外だがな」
「人間も。人間も自分の扱い方を間違えた末に、悪に走るんだ。研究者なら知ってるよね? 人間って云ったって、物質の集まり。心臓、肺、脳髄。――細胞、――果ては分子、原子」
「陽子、中性子、電子で、クォーク。しかし人間には意思があるだろ。扱われる側じゃなく、扱う側じゃないのか?」
「人間の意志なんて、人間本体からすれば、ちょびっとだけだよ。そのごくわずかが、その人間をうまく操ったり、駄目に操ったりするの。人間の大部分は、扱う側じゃない。扱われる方がほとんどだよ。……人を便宜的に、システム部分と意思部分に分けて考えるのもいいかもしれない。ちなみに感情も感情システムね」
 平兵衛は少し考えたのち、
「そうかもなぁ。人の心を見ても、大部分は潜在《せんざい》意識で、自分の手が届かない所にある、直接は。だいたい心のうち、自分というこの顕在《けんざい》意識は、一割もありゃしない」
「人間は、悪というより、未熟だというのが本質だと思ってこない?」
「未熟……? 悪ではなく未熟?」
「悪もある。でもそれは、未熟さから生まれていると考える。現状の人間は、知的生命体としては全くもって未熟だから、そう考えている」
「誰かがそう云っているのか。あんた、いろんな本を読んでいるのか? そういう考えになるのは」
「なるほど……、そうだね。おそらく人が語るものの大部分は、知らず知らず誰かの受け売りかもしれない。けれども自分で考えた末に、同じ結論にいたることも多い。だったらそれは自分の考えでもある、ということでいいんじゃないの」
「あんたの話では、人間が悪なのは生物として未熟だから、ということになるな。ならば成長するにはどうすればいい? 成長できる人間に思えるか? 今の人間が。できたらとっくに良くなっているだろう」
「私たちの身体と心は、1万年前くらいだっけ、そこから大して変わってないんだって」
「……? それで」
「進化の速度が、それ。1万年でも短いくらいなの。なのにそれと比べると、人間の文明は、劇的に進歩したでしょう。ある程度までは、色んな工夫で乗り切れるよ。でも、それももう限界。でも、進化は追いつかない。遅いからね。でも、文明の進歩スピードは、坂を転げ落ちるくらいに加速し続ける」
「ああ、じゃあ滅びるしかないな。或は文明を後退させるしか……」
「目の前にあるじゃんか、解決策が」
「お前か、刃沼」
「違う。違うよ」 刃沼は首を強く振る。じれったいという感じだ。言葉をつなぐ。
「そうじゃなくて、あんたの研究。人体改造だろ? 人間を改善するんだよ」
「途方もない……。無理だ。出来るならとっくにやってる」
「いや出来ないよ。今は出来ない」
「分かってるなら――」
「あと二三十年か未来ならできる。でも現在はできない。階段を登るように一段一段ずつしか、進めない」
「分かったようなことを……。お前は素人だろう。何も分かりはしない」
「じゃあ、あんたは専門家だ。だけどね、専門家の方が何ごとも良く知ってると思ったら、それは盲点に気づいてないんだ」
「盲点?」
「細部が分かれば分かるほど、視野は狭くなる。だからこそ、専門家ほど、時々視野を広げる注意が必要だけど、あんたはそれに気づかない。細部を見るには、目を近づけ視野を狭くせざるえないんだ。そうしないと見えないから。専門家という肩書きがある人だけじゃない。誰でも何かしらで専門家なんだ。そしてそれは、いつしか広い視野を忘れ、狭い視野に固定されてしまう。まるで近眼のように。……かなり多いよ。細部を知って、広くを知らなくなった者達は。だから時折、びっくりするような間違いをやらかすんだ。普通、考えたら分かるかもしれないけど、その普通という視野は置いてけぼり状態さ」
「なるほどな。それでその広い視野とやらで、何が見える」
「広い視野は漠然とし、抽象的なのさ。はっきり云えないのが特徴。だからみんな、それが重要じゃないものと思ってしまうんだね」
「役には立たんのか」
「違うだろうね。気づかないんだ。人によっては、失敗を繰り返して気づく。けれど、気づかないからこそ、失敗を繰り返す人も少なくない。……それと、視野の広さとは別だけど、その精神的な得るもの、というのは、格言みたいに短い言葉にして伝えられるもんじゃない。格言の類は、既にそのことをわきまえている人が、思い出すのには使える。でも、言葉からじゃ学べないんだ。言葉はただのヒントだよ。答えそのモノなんてどこにもなかった!」
 話が途切れる。
「話は一段落したようだな。それで、ワシに何をしてほしい。要求はなんだ? 隣では赤帽がワシの命を要求しているんだがな」
刃沼「害骨!」
 急に呼ばれてびっくりした害骨が、駆け寄ってくる。
「なんでしょうか、お呼びで?」
刃沼「ここの研究成果、見ていたようだけど、害骨には理解できる?」
「いや私だけではとても。他の人と協力し合えば、吸収できる内容ではありますが……」
「分かった。(平兵衛の方を向き)あんたにして欲しいことは、研究成果を、後に託すこと。それは人類破壊ではなく、人間の改善であり、その先にある人為的な進化の助けにしたい」
「……そうか、分かったぞ。あんたは進化が遅すぎると云ったが、進歩は速いと云ったな。それを人為的、つまりはテクノロジーで用いて、次の進化を起こす気なんだな?」
「そう さっき云った通りだよ。でも、やるのは私でなく、研究員の方々だと思うけど」
「そうか、そうかそうか……」
 平兵衛は笑いを堪えるような、満足した表情をしていた。タイミングを見て、レッドパスが云う。
「もう、いいな?」
平兵衛「ああ、そうだったな。やってくれ。やりたいならな」
 レッドパスは平兵衛の頭皮ごしに、頭蓋骨をつかむ。
レッドパス「ではこれで最後だ。云い残すことはないか?」
平兵衛「ん……あぁ、遺言ってやつかぁ。そうだなぁ――。さようなら、しか思いつかねえ。とうに未練なんかねえからなァ……」
 レッドパスの手の中で、平兵衛の頭が弾け飛んだ。一瞬で弾け飛んだので、当人は苦しむ間もなかったろう。


第7節 「終わりに」


◆施設
 船も潜水艦もなかった。
研究員「前はあったんだけどね。いつのまにか使われなくなって」
 しかし、船を呼び出すことはできた。あとは船が来るまでの辛抱だった。ちなみに化け物の巣が気がかりだったが、資料を調べ弱点を見つけ、その化け物に効果的な毒を発見し、流し込んだ。それで大部分の死が確認された。しかし、いくらか生き残っているかもしれない。そのときはそのとき。そのつど排除しようという楽観的な今の状態だった。

◆孤島 帰郷前 大広間にて
 めっきり人の少なくなった大広間の窓辺に刃沼が座っていた。外に見える海岸に打ち寄せる、暗い波をぼんやり眺めていた。そこへホープが相席する。ホープはちらちらと刃沼に視線を送りながら、口を開けたり、やっぱり閉じたりを繰り返した。
刃沼「云いなよ。話せばいい」
 ホープは思い切ったという表情で口を開く。
「まだ疑問に思うことがあって――。なんでここに来て、みんなおかしくなったのか未だに訳が分からなくて……」
「近頃、狂人化現象と云われている、そのことについて?」
「そう。それです」
 刃沼は淡々と云った。
「世間では狂人化現象なんて名付けされているけど、そんなの始めからあったんだよ」
「え……」
「何で人がおかしくなったか、って聞いたね。広い意味で云えば簡単だよ。――人間だから」
「でも、それじゃあ答えに――」
「未熟だから。――人間が不完全体の未熟だから」
「未熟……というだけでは納得できませんよ……。何か他に理由があるはずです」
「ホープ、君はどういう理由を求める? 自分が納得する分かりやすい理由を求めるのだとしたら――、それは人間の持つ欠陥だよ。色んなものが複雑に相互作用して現象をなす。それを一面ばかり深く掘り下げて、ああだこうだと云ったところで、また愚かさを繰り返すばかり」
「刃沼さんの論理は抽象的すぎるんです!」
「私はそもそも論理的に話す気はない」
「みんな昔はこうじゃなかった。この島に来てから急にみんなが異常になった。そうなってしまう、理由があるはずです。もっと具体的な」
「この島に来てから……? じゃないよ。この島での極限状態は、人間の欠陥を顕著にさせただけ。狂ってるのは元から。ずっと前から人間は狂いを持つ。――当たり前だよ。人間だってシステムなんだから。コンピュータも機械も狂うように、人間も同じさ。とくに感情システムの誤作動が激しい」
「人間とコンピュータは違う――」
「人間も、広い意味ではコンピュータであり、機械でもあり、システムさ」
「でも、再三云いますが、昔と今では、やっぱり人の様子が」
「じゃあ分かりやすい理由を1つ持ち出す。世界の進歩に、人間の進化が追いつかなくなった。それも要因かもしれないね」
「進化が追いつかない……?」
「生物的な進化の速さと云うのは、かなり遅いんだ。何万年かけて変わっていくもんだよ。それに対し、人間が世界を発展する速度は……もう今では百年もあれば、ガラリと変わるだろうね。おまけに、技術的進歩となると、加速度的な進歩さ。二次曲線というのを知ってるかい?」
「二次曲線……? 数学の二次関数でしょうか、そういうのがあったような。分かりません」
「始めは少しずつ上昇し、ある地点から急上昇して、さらに進めば今までと比較にならないほど一気に上昇する、そういうイメージでいい」
「はぁ……」
「今の説明でイメージしにくいなら、数の並びでイメージさせる。普通の増加が、1,2,3,4,5,6,7、8,9,10と増えるでしょう。加速度的な増加っていうのは、例えば、1,2,4,8,16、32,64,128,256,512,1024と落下でもするような速さで増加。ここでは倍々にしてみた。同じ10回分の増加でも、これほど違うんだ。それと、注意して見て欲しいのは初めの方。始めは1,2,4,8とまだ穏やかな増加だってこと。だからさ、こういう傾向が世界に表れ始めても、最初は気づきにくいんだ」
「ううんと……なんとなく理解……できたかな。できないような……。数学苦手で……」
「今の人類は、最初の穏やかな増加を過ぎ、急上昇に入り始めている。今まで以上に進化と進歩のギャップが激しくなる。……すぐだよ。すぐそうなる。もうなり始めてる」
「……」
「それが、昔と今の人間を、大差と感じる理由付けの一例」
「へぇ……でもちょっと難しくて」
「そう……。でも、もっと細部をとらえようとすればするほど、難しくなる。反面、それらしさも増える。しかし、細部にとらわれ過ぎれば視野が狭くなり、大局的視線を忘れがち。コンピュータの配線の材質を事細かに調べたところで、そのコンピュータで製作中のプログラムの内容はまるで理解できない。――そう例え話の中では理解できても、それを現実の中で突き付けられたとき、凡百の人間が気づくことは未だ難しい」
「結局のところ……、なんだったのでしょう。結論としては……?」
「そういうものはないよ。だから云ったでしょう。分かりやすい理由を求めても、誤解ばかり繰り返す」
「でも……うんと……、何かこう、腑に落ちないじゃないですか」
「そりゃあ、その通りだよ。人間には『説明付けようとする性質』が組み込まれているから。不明を嫌がる作りになってるんだってさ。――だから未だに多いんだ。一言『分からない』と云うのが正確な答えなのに、そう云わずに憶測ばかりを繰り返してしまうことが。……そういう憶測を云う前に、一言『分からない』と前置きをしてほしいもんだ。そこが大事なんだから」
「なるほど……って。そう云われても、分からないままじゃあ……」
「よした方がいいと思うな。ただ自分を納得させたいために、それらしい理由を作ってしまうのは」
「じゃあ、つまりは、人間が分からない、って結論でいいんですか。……あ。(また結論と云ってしまう)」
「……。でもやはり、それらしい答えなりを欲しがるんだね……。”そういうものだ”とは割り切れないか」
「そういうものだ……。ぼくの父が、戦場で親友を亡くしたのを語ったときも、そう云ってました。そういうものだ、と」
「理由探しに意味はないと達観したか、或は言葉にできずとも理由は始めからもう分かっていたからだよ」
「人が狂い出すことも……?」
「今の人間が欠陥だらけの不完全だから、まだ繰り返すだろうね。そういうもんさ」
「不完全って……」
「知的生命体としては、まだまだ未熟なんだ、人間は。他に比べる知的生命体がないから、大半の人は実感できないでいるのかもしれないけれど。――個人レベルじゃなく、生物レベルで、まだまだ作りが発展途上なんだ」
「でも、人間という生物は、素晴らしいのでしょう……? 神秘に包まれているんじゃ」
「神秘ってのは、未知ってこと、分からないってこと。まだ分からないものに惹かれるところが人間にあるんだ。それも人間を設計できるほどの技術力を持てば、見方も変わるよ。確かにホープの云う通りだよ。現状の人間でも、こうやって考え行動する存在として作るその設計と力は素晴らしい。でも、反面、その設計は『とにかく生きりゃいいや』というような作り方をしてるんだ。無駄や冗長に欠陥をたくさん載せている。進化は基本的に逆戻りさせられないからね。マズイ設計になっても、その上から新たに付け加えるような、ツギハギの増築のような箇所だって少なくなかった気がする」
「――そんな、人々の世界で、どう生きたら。ぼくはどうすれば」
「自分で考えて」
「冷たく突き放された!」
「違うよ。自分で考えて行動するんだよ。何しろ人類の大半は流される側の人達だからねー。今までだってホープも、見たでしょうが。いったいこの島で、自ら考え行動した人がどれほどいたかな……。大半が、群衆になって、ただ流される思考を欠いた雷同《らいどう》さんばかりだったよ。まさに頭の無い怪物だね。化け物を敵だとしてたが、果たして本当の敵はどっちだったろう」
「自ら考え行動する……」
「人間が持つ現状を超える力は、『考えること』と『行動すること』……それだけだよ。それ以外のものは繰り返す力に過ぎないよ」
「…………今のぼくには、刃沼さんの云うこと、分かりそうで分かりません」
「そう……。それも、考え続けること、行動し続けることで、自分なりの理解が生まれる。……考え過ぎると頭痛持ちになるけどね」
「はい……!」
 刃沼の話が途切れたのを見て、ホープを席を立って云う。
「興味深い話、ありがとうございました。刃沼さんはやっぱり人間のことや世界のこと、色々考えてらしたんですね。話してみて良かったです」 そう云って去って行った
「ふぅん…………。色々と考え深くなって、『分からない』ということが分かれば、上々だね。人間の想像力の、さらに外側があるってこと」

◆船着き場
ヘレネー「刃沼、いいのか、本当に?」
ホープ「帰りましょうよ? 刃沼さん、デガラシさん。こんな島に残ったって、いいことは何にもないよ……」
 レッドパスが桟橋を渡り、船に乗り込んで入った。船がやや大きく傾いて、しばらくぐらりぐらり揺れた。
刃沼「いいんだ。ここで。人間を改善する研究をする。でもデガラシは残る必要ない。いつかその左手に、新たな手をつなげるとき、来てほしい」
デガラシ「もし刃沼を一人残していったら、心配しておちおち寝てもいられませんよ。化け物だって、まだ生き残りがいるかもしれないじゃないですか。それにですよ? わたし以外の人たち、研究に没頭して、また暴走するかもしれませんし」
レッドパス「暴走したら、また来るぞ」 船から頭を出して云った。
 この島に訪れる際に乗った船と比べて、この船はとても小さかった。しかしその船でさえ、がらんがらんに空席が目立つ程、人は少なくなっていた。船が出る――。遠ざかる船が、水平線に接した。海の波は、ぎらぎらと光を照り返す部分と、影の部分で、揺らめいていた。
「これまでどれほどの人が、『人間は変わらない』と嘆いたかな。人間の改善を目指す人が、どれほどいただろうね」
「でも今度は、根本から変えるんですよね」
「うん……。人間という枠の範囲内だからダメだったんだ。人間が、人間で無いものに変わるくらいじゃないと……」
「わたしには今はまだ良く分かりません。でも、成長させる、ってことですね。人を」
「そう。人間の壁、限界を超えて成長させる」
 刃沼とデガラシは、孤島の地下へと降りて行った。――この後、この世界が、どう変化するか。それはまだ分からない。

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